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ニュースの消費者

はじめまして。こんにちは。

出版社に勤めて16年ほどになります。編集者だったり、営業だったり、メディアに関わる仕事をしてきました。この数年で感じるのは、受動的なインプットがすごく増えたことです。

数年前まで、本を買って(あるいは借りて)読むとか、朝、新聞を開いて読むとか、何か情報を仕入れる時は、「よし読むぞ!」みたいな小さな気合いが必要でした。

でも今は、海外にいても、仕事中でも、「TOKIOの会見が〜」というNEWSがLINEにピコンっと流れてきて、そうかあ〜と読んだら、関連記事もついでに読んじゃって……。Facebookにも、先輩のネコの話と加計学園の話が混ざったタイムラインが流れています。

向き合うつもりなく知ってしまったニュースに感情を揺さぶられるのが苦手です。今、そういう気持ちじゃなかった……と思いつつも

「えーー!ひどい」

と憤りを感じたり。すでに「えーー!ひどい」っていうコメントがいっぱいついているのを見て、ああ、やっぱりと少し溜飲が下がった気がします。

でもそれって、本当は消化すべきだった感情を、誰かの意見を借りて浅いところで受け流しているだけ。モヤモヤした怒りとか不信感とか、正義感とか、そういうものは消化されずに身体に蓄積しているのです。

いつでも誰でも発信者になれる時代に、しかも私自身はメディアで働いているのに、大量のニュースを受動的に消費して、お腹いっぱいなことにも気づかない鈍い消費者になってしまっていいのかな、という自戒を込めて、このコラムをはじめてみようと思いました。

心がザラザラしたり、チクチクしたり、フワフワしたりした、手ざわりの向こうにあるのは何なのか、私なりに整理して綴っていこうと思います。

※本文は全て個人の見解であり、会社や所属する団体の見解と一致するものではありません。

 

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バタヨム

1979年生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務。読書と旅とお酒が好きです。本を紹介するInstagramの個人アカウント @batayomu https://www.instagram.com/batayomu/ もやっています。

ニュースの手ざわり

1979年生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務。 朝と夕方、取り入れるだけだった「ニュース」がいまは24時間入って着ます。ニュースは「コンテンツ」となり、私たちはニュースの消費者になりました。消化しきれないほどのインプットに沸き起こった感情を整理せずどんどん体に溜め込んだら、...
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