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12シトライアル第四章       勝負のX-DAYpart41

第百二十五話 俺たちなりの恩返し
 これは10コートに到着して由香里ゆかり準備運動を始めたとおるが知る由もない、観覧席での一部始終である。徹に促された通り、朋美ともみが観覧席につくと、
「あれ?朋美先輩じゃないですか!みんなには言わないでって言ってたのにどうしてここに?」
徹の県大会決定戦の際に言伝を頼まれた歩実あゆみがその存在に気づくなり尋ねた。
「いや、きし自身に来てるのバレたからもう無理に隠れなくてもいいかなって…まあこっちの方が観やすいし?それだけよ。」
「やっぱり朋美先輩ってツンデレの気ありますよね…」
「そんなんじゃないわ!!にしても歩実ちゃん?あたし、今日ここにいる人たちそこの金本かねもとさんと下北しもきたさん除いて初対面すぎるんだけど…」
「それは流石に私の知ったことでは…」
朋美が元から知っている人はほとんど前日に固まっていたのだ。という事情もあり、応援ガールズの自己紹介も済んだところで、
「「「「お願いします。」」」」
ちょうど徹・由香里vs桜森さくらもり春田はるたによる決勝戦の幕開けとなった。

 さて、ついに始まってしまった…地区最強のペアを決める先輩たちとのミックスダブルスの決勝戦。実を言うと、何回か部内戦などで俺と由香里はこの二人のペアに挑んでいるのだが、哀しいかな、一度も勝てたことはない。だからこそ、今日が最後のリベンジのチャンスだ。由香里は決戦前に楽しもうと言ってくれた。それはもちろんそのつもりだ。でも、楽しくプレーする中でも全力で勝ちをもぎ取りにいく。なんなら楽しむより徹底的に勝ちを狙う所存だ。

先輩たちには最後の地区大会を清々しい気持ちで締めてほしくもあるが、そんな大団円なハッピーエンドなど面白くないと俺は思う。会場中の有象無象の観衆がそれを望んでも、その通りにはさせない。そのためなら俺は、極端に言えばブーイングを喰らう悪役にでも何にでもなる覚悟だ。声援は0-100で先輩たちに対するものでいいと思っている。こういったアングルを作ることで、最後に大歓声の中でプレーする愉悦と、そして終いには後輩に敗れる悔しさ、全てを味わってもらう。卓球という競技一つで、一つの試合で、たくさんの感情を抱かせる。それが俺からのはなむけ、つまり恩返しだと考えている。だから最後に花を持たせるわけにはいかない。そういう意味で、徹底的に先輩を潰すということを楽しむことより優先したいのだ。そう思っていたのに…

春希はるきー!莉桜りおー!絶対勝てよー!!」
「徹先輩!」「由香里センパイ!」
「「ファイトですよー!!」
「桜森先輩!優勝お願いします!!」
「お兄ー!!自分と相方信じていけー!」
「莉桜ちゃーん!有終の美飾ろう!!」
「由香里ーっ!!最後まで全力だよーー!!」

声援が二つに割れてしまった。これではアングルも何もない。全く…じゃあ俺からの餞、路線変更するしかないじゃん。
「桜森先輩!春田先輩!最後までお互い真っ向から…ぶつかるのを楽しみましょう!!それが俺たちなりの恩返しです!!」
「とーる…そうです!!あたしたちが最後、まあ県大会もあるから最後じゃないけど…先輩たちとの試合、全力で楽しいものにしてみせます!」
俺に合わせて由香里も声を上げてくれた。すると先輩たちは顔を見合わせた後、
「「ありがとう!!」」
「お互い楽しもう!」
「最後まで…全力で!どっちが勝っても…」
「恨みっこなしだ!!」
俺たちの想いを汲んで応えてくれた。
「「はい!!お願いします!!」」
俺たちは改めて対戦よろしく、という意味と是非お互い楽しもう、という意味をどちらも込めて言い放った。

 こうして始まった試合は、俺と由香里を除く全員が想像していたであろう通り、一進一退の激しい競り合いとなった。第1ゲームは俺のサーブを桜森先輩が受ける形で始まり、俺のサーブで1点入ると2本目は同じようにはいかずに桜森先輩のレシーブ一撃で1点返される。桜森先輩のサーブから春田先輩が3球目で決めてくると、次は同じ展開になる前に由香里が鋭く仕留める。こんな展開が様々な形で繰り返されてこのゲームを獲ってセットカウントを先制できたのは…
「「ショーーー!!」」
まさかの俺たちだった。最後10-9で迎えた桜森先輩の渾身の奇襲サーブを由香里が読んでいたのか、全力で振り抜いての一本だった。やはり俺の相方の実力は伊達じゃない。流石だ。
「「「「ありがとうございました!」」」」
俺たちは一度台から離れて休憩をとる。

「とりあえずいい滑り出しだね!」
「ああ…っていうか由香里、調子良すぎやしないか?最後のとか特にえげつなかったぞ。」
「えへへ、ありがと!やっぱりあたしも楽しもうとか言っておいて勝つことも大事だっていうのがどうしても頭の中に湧いてきてね…」
コイツも、楽しもうとは言っておきながら、心の奥底ではやっぱり勝ちたいんだな。
「ならいつも通りにやればいいだろ。だってさ、俺たちいつも勝負の中でも楽しんでやってるじゃんか。逆に先輩たちとの最後の試合だからって変に力が入るより、いつも通りの試合できた方が俺たちは強いし、先輩たちと楽しみ合える。そうじゃないか?」
「なるほど…たしかに!」
「だからいつも通りの楽しい試合しようぜ!」
「うん!!」
俺たちに迷いはもうない。
「あのさ、俺アドバイザーにいる意味ある?」
もり、すまない。形式上はいてもらわなきゃ困るし、万が一の時は頼む…!

「なあ莉桜、あの二人強くなったよな。」
「だよね。これなら安心して私たちが引退した後の部も任せられそう。」
「ほんとに。部の未来は明るい。とはいえ、徹も楽しもうって言ってくれたけど、やるからには最後まで負けるわけにはいかないよな!」
「あったりまえじゃん!!」
「最後は俺たちが錦を飾ろうぜ!」
「うん!!」
「あのー、俺今何のためにここにいるんだ?アドバイザーとは…」
「あっ、バヤシごめん!ちょい忘れてた!」
「ほんとにごめん、岡林おかばやしくん!私も!」
「…解せぬ。」

 そして第2ゲームが始まった。第1ゲームとはローテーションの順番が変わり、それぞれ受けるボールが変わる。第1ゲームで春田先輩のボールを受けた俺は桜森先輩のボールを受けることとなり、由香里はその逆。先輩たちから見てもそれは同じことだ。そして、一般的に同性のボールを受けることになるゲームは有利なので、このセットでゲームカウント2-0としたいところだったが、流石はあの二人だ。そうもいかず、8-11で第2ゲームは落とした。さらに続く第3ゲームも勢いそのままとられ、ゲームカウントで1つビハインドとなってしまった。

「莉桜ちゃんと桜森くん、流石ね。確実に由香里ちゃんと岸くんを追い込んでる…この調子であと1ゲーム獲って優勝よー!!」
「岸センパイ!由香里センパイ!負けないで!」
「やっぱり由香里先輩と徹先輩、劣勢が続きますね…」
「でも、多分大丈夫!由香里も徹くんもそう簡単には勝負を諦めたりしないし!」
「私もそう信じてます!岸さんも織田おださんも強いので!ですよね、信岡しのおかさん!」
「え?!まあ…とりあえず二人を信じましょ!」
「そうですね!」
「…とーくん、ピンチ?」
紗希さきちゃん、ちょっと遅いよ?」
「…解せぬ。」

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