私信:仕事が死ぬほど辛い人へ

看護師1年目、挫折、そして…

23歳、社会人1年目、ヨシコこと私は、人生で初めての挫折を味わった。高校受験、大学受験、初めてのアルバイト、国家試験、すべてを何となくでクリアしてきた人間だった。

看護界隈で新人が一年未満で辞めるということは、好ましくないと考えられている。「ああ、今年もリタイア者が出るのね」「最低3年は同じ部署で働かないと」「すぐに辞めるなんて、何か問題のある新人だったんだ」という具合で。
当の私もそう考えていた。恥ずかしい話、指導で折れるようなヤワな根性ではないと慢心していたんだと思う。

だが、折れた。ぽきっと、簡単に。

大げさに聞こえるかもしれないが、ストレスで死んでしまうかと思った。同期に愚痴を言い一時的には気持ちが楽になっても、根本的な解決にはなかった。もちろん、先輩に素直な相談などできるはずもなかった。

3週間ほど休職し、青い海のあるところへ行った。美しい民謡を聴きながら酒を飲み、泣いた。そして決断した。

「あ〜死ぬ前に転職すっか〜」

それからはトントン拍子。
退職の意を上司に伝え、転職先を探し、次の春には別の病院へ。あれだけ悩んでいたのに、決めたら心のなんと軽いこと。
私は心底驚いた。挫折した新人に明るい未来などないと思い込んでいたからだ。私はどこにも行けず、辛く厳しい道を延々と、進むことも退がることもできず。そう思い込んでいた。
そして私は、ある結論に至り、自分を励ました。

誰も私の人生を救うことはできない。ただひとり、私自身を除いては。

どこにも行けないのではなく、どこにも行こうとしていなかった。ただそれだけ。私は私の力で「動くことができる」という自己コントロール感は、何よりも私を救ってくれた。


環境、人、自分の相互作用

新しい職場で、幸運にも優しい人間に出会った。精神科という少しばかり特殊な環境下であるが故か、考え方が柔軟で、新人である私もひとりの看護師として尊重してくれた。とても嬉しい感覚だった。
少しずつ、失われていた自信、仕事意欲、看護が好きという気持ちを取り戻した。現在では見事に仕事大好きマンである。

場所が変わる、人が変わる、自分も変わる。
当たり前かもしれないが、忘れてはいけないと思う。出会いが出会いを呼び、相互作用を生む。そしてそれが良い方向に巡っていくかは、選んだ自分次第だ。

"余裕"が私にくれたもの

□本を読む時間
□料理をする時間
□掃除をする時間
□人生について考える時間
□自分について考える時間

何もかもしんどかったとき、食事はお惣菜、掃除はろくにできず、考える時間より睡眠時間が大切だった。
今は、「自分の時間を大切にする」「労働は目的ではなく手段」という考えのもと、時間の使い方を考える余裕を持つことができている。


キッカケから得たこと、伝えたいこと

継続から見えてくる頂きももちろんあるでしょう。続けられる人は続ければ良い。私にも、「もしあのまま、あの環境で続けられていたら…」と考える夜もある。
ただ、私がこの声を届けたいのは、続けられない人たちへ、だ。死ぬほどつらいのに、周囲からのプレッシャーや自分でかけている圧、既成概念に雁字搦めになっているあなたへ。
「死ぬ前に力を振り絞れ、逃げろ」と伝えたい。

繰り返しになるが、自分の人生は自分でしか変えられない。自分自身を除いて、誰も私たちのことを救えない。そのことを忘れずにいてほしい。

だから自分自身の頭を、足を、全身を使うんだ。
さぁ、走れ。


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ヨシコ

看護と私

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