音楽ノート1. 「パラレルスペック」

「最近、ゲスの極み乙女をよく聞くんだけど。キミ、知ってる?」
ベッドの上、君は突然スマートフォンをいじり始めた。
なんじゃそりゃ。ゲス?

ほらこれ、と見せてきたyoutube。
「この歌詞がいいんだよ、私以外私じゃないの、って」
当たり前だけどね。そう言って笑った。
君の心変わりはいつものこと。
ずっと洋楽好きで、確か1週間前にはワンダイレクションのライブに行ったんだってわざわざ電話で報告してきた彼女の心変わり。
だけど。
何じゃこりゃ。
君が好きになるものはいつも、ちょっとよく分からない。
iPhoneの画面を見ながら思う。
何だよ、このMVに出てくる相撲取りみたいな謎の人物は。
やたらと耳に残る、好みの音をしたキーボードを聴きながら思う。
5分間、釈然としない思いで画面を見続ける。
「キミにも刺さると思うんだけどなぁ、これ」
呟いた彼女も釈然としない顔。

君は何かを好きになると、いつもそれしか見えなくなる。
「たまには私が奢ってあげる」って連れていかれた恵比寿の会員制レストラン。
ジャズが流れる店内で、バーニャカウダにぱくつきながらyoutubeを眺めていた。

『私以外私じゃないの、
どうやらあなたもそう、誰も』

二人で覗き込むiPhoneの画面、
どこか雑音みたいな店内の金管楽器。
「終わってから聴いたほうがいいよ、多分」
「んー? 何で?」
「一応、店にも音楽が流れてる訳だし」
「だから個室にしたんだよ。誰にも迷惑はかけてない」
そういう意味じゃなくて、と言おうとした言葉を遮るように、
「それとも何? せっかくデートだから向かい合って食べようとか、そんなつまんないこと言っちゃうのかなキミは」

お望みならばいつだってキスくらいはしてあげるわ、それ以上は要相談。
そのための個室だからね。
でもつまんないこと言わないで。
君は無表情に言う。

「その言葉が聞きたかった、じゃあお望みだから今ここで、」
「バッカじゃないの?」君は音楽を止めて大仰にため息。
「そのための個室なのに?」
「いいよ分かった、心ゆくまでデートしましょう」そしてもう一度ため息をついて、「早く食べないと次が来ちゃうよ」

君はいつでも猫みたいに見えた。自分の気持ちだけに従って行動する猫。
誰もそれを縛り付けることは出来ない。
出来なかった。
確かに君は歌詞に惹かれたのだろう、
強くなりたいけれどなりきれない、意外に繊細な君は。


それからも彼らの曲を何度も聴かされた。
確かに良いけどあまり好きになれなかった。
それがまた、自分には嫌だったんだけど。

そんな彼らの曲の中で唯一心に残った曲があった。こんな歌詞だった。


『全然届かない感情
ファンキーな音に乗せてるだけ
あなたの目見て歌っても
跳ね返る視線は何処へやら
平行な線で別れてしまう
僕とあなたのパラレルスペック』


自動再生のままのiPhoneからその歌詞が聞こえてきたとき、君は僕の顔越しに天井を見ていた。
気のなさそうな表情。
「何だこの歌詞、凄まじいね」
僕がそう呟くと表情が変わる。
「でしょ! 私もそう思う、『雨にまで流されて霞みがかった心を、遠くまで連れて行ってくれよ』って。今の私の心境って、まさにそれ」
その時初めて、君は僕の目を覗き込んだ。そんな気がした。

でも違う、驚いた歌詞はそこじゃない。

僕とあなたのパラレルスペック。

そういえば、一度聞いたことがある。
「君はいつも天井ばっかり見てるけど。何考えてるの?」って。
「色々だよ。こんなに解放されてる時間って他に無いからさ、これからのこととか、次に何やりたいかとか、そんなこと。キミといる時だけは安心できるから、考えが捗るんだ」

僕とあなたのパラレルスペック。

「終わったらさ、ちゃんとMV見ようよ。本当に凄いから」
「そうだね。見よう、終わったら」

天井の向こうに明日を見る君と、ベッドの上の君を見る僕。その視線は交わらない。
それは僕が悪いわけでもないし、君が悪いわけでもない。
視線の先にあるものが違う。ただそれだけ。
そんなの最初から分かってたのに。

だから、今だけはせめて一緒に。
そう思うことは悪いことなのだろうか。

君が居なくなった後で聴いた彼らの曲は、
記憶の中のものよりもずっと好きだった。
むしろ、最初に刺さらなかったのが不思議なくらい。
『キミにも刺さると思うんだけどなぁ、これ』
君の言ったことは正しい。
ただ僕の視線が狭すぎただけだ。

何故視線が交わらないかって、
一つだけをずっと見つめてたからだよ。
好きになったら他が見えなくなるのは君も僕も一緒。
もう少し色々なものに目を向ければ、多分、お互いの視線を絡ませることだって出来たのかもしれないって。今となってはそう思う。

だから恋愛に溺れるのは嫌なんだ。


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こんな感じで、音楽にまつわる文章を書いていこうかと思います。フィクションでもノンフィクションでも。

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