「君の知らない物語」

真に美しいものを見たいのであれば、目の前にある全てを一度壊さないといけないのだ、
そう思ったのです。

台風が通り過ぎた後の空は美しい。

本当は翌日の青空がいちばん美しいのだろうけれど。
仕事をしながら、無駄なものを見ながらでは視線の方が濁ってしまうから。
月曜日の夜、外を歩きながら星を眺めていたのです。
気付いたのだけど、本当に空が美しければ、流星群の日じゃなくても星は流れる。

特別な日じゃなくても流れ星って見られる。
別に、流れ星の極大日だからって曇り空の切れ端を眺め続ける必要なんてどこにも無いんだよね。

というか、星が流れるかどうかに関わらず秋の夜空は美しい。
普段は一つの星にしか見えない幾つかの星雲を見ながら、空と宇宙の境界を思っていました。
目の前には宇宙が広がっている。それこそ、どこまでだって。

見たかったのは流れ星なのか夜そのものなのか、よく分からなくなってしまったけれど。
美しいならばそれでいいよね。きっと。


今までの人生で、星空を眺めた経験って何度かあって。そのことを思い出していました。
星空を眺めているとき、その実、自分はいつも別のものを眺めていたような。


『真っ暗な世界から見上げた
夜空は星が降るようで』


小学生の頃、星は動くのだと授業で習いました。
じっと眺めていると、少しずつ星の位置は変わるのだと。
それを確かめるため、宿題が出たのです。
30分ごとに夏の大三角の仰角を測り、位置を記録する宿題。

夏休みの間に終わらせる宿題で、日が完全に沈むのが20時とかだったから、
20時から1時くらいまで星を見ていました。
確か、近所に住む数人の同級生と、話しながら。虫除けスプレーをしても、思いっきり蚊に刺されたことを覚えています。
5時間くらい。小学生の話は尽きない。

人数が多くなると、自然といくつかのグループに分かれて話し始める。
ジャニーズが出ているテレビドラマの話をみんな始めたけれど、全然それ見たことないな。
そんなふうに聞いていると、同じように退屈そうに聞いていた女子が海を指差した。
「何かあれ、お祭りみたいで楽しそう」

その頃住んでいた町は横須賀の山の上で、坂をずっと下っていくと海に辿り着く。
彼女は海のさらに向こうを指差していた。
歩くと2時間くらいかかる港の、さらにその向こう。

不思議なことに、その時まで全然意識したことが無かった。
ただ、気付いてしまうと、目が離せなくなる。
星明かりの夜に、きらきらと美しい光。

自動車工場の港の、さらにその先にはオレンジ色の光があった。
明かりは海の蒸気にゆらゆらと揺らめいて暖かく、祭囃子を伴った提灯の明かりにも見えた。

「本当だ。凄く楽しそうだね、あれ」
「ね。行ってみたいな、いつか」
「いつかね。行くなら夏に行ってみたい」
「そしたら、りんご飴を食べてみたいんだよね」
「りんご飴?好きなの?」
「好き、かもしれないけど。まだ分からないんだよね。おいしいやつ、食べたことないから。でもあんなに綺麗なんだから、どこかにおいしいりんご飴があるんじゃないかって信じてる」
「あんなに広いんだから、どこかにありそうだよね」

それはとても賑やかな世界に見えた。
例えば、毎日夜になるとお祭りが開催されては人々が踊るような。
そして街には音楽が流れ、人々は好き勝手に話したり、お酒やお菓子をつまんでみたり。

でも、そんな場所があるか。
その頃の自分たちにとって、海の向こうは地の果てだった。距離も分からない、行き方も知らない、異国の地であったとしても不思議じゃない。
行きたいなんて言葉を交わしながら、それが果たされることなんて絶対に無いって分かっていた。
指切りの約束をするには、自分たちは大きくなりすぎていた。

その頃に見ていた明かりが千葉のコンビナートの工場が放つ光だと知ったのは、随分後になってからだった。
たまたま近くを通りがかったとき、同じ明かりを見つけたのだ。
あの頃と全く同じ色、おそらく同じ明るさの明かり。あの町から遥か彼方に見ていた光を、あの頃は全然知らなかった人と見ている。

遠くに来たんだな、と思った。

もしかすると、君も。
東京の大学に進学したって人づてに聞いた君も。
夜でも賑やかなどこかの街を歩いて、色々な人とお酒やお菓子をつまんでみたりしているのかもしれない。
いずれにしても、とても遠い世界。
君の居場所はきっと地の果てだ。


『夜を越えて
遠い思い出の君が
指をさす
無邪気な声で』

おいしいりんご飴は見つかったのかな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?