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【夢十夜】 第一夜

こんな夢を見た。

朝刊のテレビ欄を見ると4時間ぶち抜き音楽生番組の出演者一覧に自分の名前が載っていたので慌てて身支度を整え家を飛び出した。

「歌ってみた」「演奏してみた」文化の台頭久しくプロアマの境界線が崩れてきたのに加えテレビ業界がまともな番組制作費も出せないまでに斜陽となった結果がこの有様。

おれも戯れにカラオケ動画をSNSに投稿したことくらいはあるが片手で数えられるほどしかないはずだ。テレビ局は一体どこで自分のことを見つけたのだろうか。AIがインターネット中を巡回して出演者をピックアップしているという噂はおそらく本当なのだろう。

表通りに出てタクシーを捕まえる。行き先を告げ、車が走り出す。50代半ばと見える運転手がバックミラー越しににやにやと笑いかけてきた。

「ご出演ですか」
「ええまあ」
「羨ましいなあ。うちの妻にも先日来ましてね。俳句の才能あるだのないだの言われる番組に出ましたよ。私も出たいんだけどなあ」

車内でネクタイを締めながら、スーツを着てきたのは正解だったのかと考えた。どうせ素人には衣装など与えられまいから一番上等な服を選んだつもりなのだが。ふと足元に目を落とすとスニーカーを履いてきてしまったことに気づいた。

今夜自分の歌が公共の電波に乗って日本中へ流れる。緊張とともに確かな高揚感と優越感がたかまるのを覚えた。昭和生まれの世代にとってはいまだ「テレビに出る」というのは替えがたい価値を持つのだ。

おれは、今夜、テレビに出るのだ。

40分ほどでタクシーはテレビ局の関係者用入口へと到着した。警備員に名前と出演番組を告げ免許証を見せるとすんなりと中へ通される。車寄せにはすでにスタッフの若い女性が待機しており、彼女の後をついて局内へと進む。男と今朝喧嘩でもしたのだろうかと邪推させるほどずいぶんな早歩きだ。

「橋口さん入られました」インカム越しにそう告げたのち矢継ぎ早にスケジュールの説明をされた。「このあとリハが11時20分から。本番のオンエアは18時からで橋口さんの出番は19時11分からです。楽屋の飲み物やお菓子はご自由にどうぞ。お弁当はひとり一個ですから。楽屋の前にスタジオへご案内します。共演者の方にご挨拶を」

Bスタジオと書かれた扉がバタンと開かれる。フロアの奥に共演のミュージシャンが立っていた。全員中年の10人ほどの男たち。ひときわ目立つ背の高いひげの男がこちらに進み出て自己紹介をした。

「はじめまして。東京スカパラダイスオーケストラです」

どうやらスーツで正解だったようだ。

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