自分の強さに合わせて。

お酒を飲んだときの気持ちよさは酒を飲んだ時しか書けないと思い、割と酔った状態で書くことにする。ただかなり眠い。

なぜだかわからないが酒に強いようで、缶チューハイ一本、ビールでもジョッキ一杯じゃそんなに酔うことはないが、今宵はアルコール9%の缶チューハイを一本空けて久々に酔った!という気分になっている。

成人したばかりのころはそんなに飲めなかった。ビールも日本酒も嫌いで、梅酒のソーダ割が一杯飲めれば十分という程度だった。しかし、就職して職場の先輩に飲みに連れて行ってもらううち、だんだんと飲めるようになり、気づいたら誰よりも強くなっていた。それでみんながカクテルやらウーロン茶やら飲んでる中で、自分だけ意味もなく日本酒を勧められたりなんてことになっていた。

でもこれにはからくりがある。

確かに人よりは酔いにくい体質で、記憶がなくなったり戻したりなどのいわゆる酒の席での失敗は一度もない。それは飲み会の会場から自宅までが遠いために「帰宅するまでは気をしっかり持っていなければ」という気持ちが働き、自然とセーブして飲みすぎないようにしているのだと思う。

それでも強いなんてイメージにつながるのは、実際には酒がまわっていても、まったく顔が赤くならないからだ。多少はむくんだりするが、顔が酔っているように見えない。それで気を張っているのだから、終始平常を保っているように見えるようだ。これでも、日本酒を飲みすぎたときや、空腹状態でジョッキ一杯いったときは、足元がまるで水を踏むようにおぼつかなくなって焦ったこともある。

外では酒の席で会話が弾んでも、本当に自分が酔ったと思えるまで飲んだことはそんなにない。そんなとき、とにかく酔いたいという欲求をかなえるのは、寂しいが自宅で一人で晩酌するときだ。

テレビかYouTubeを見ながら、雑誌を読みながら、はたまたゲームをしながらという時もあるが、強い缶チューハイを一本飲むだけ。

これだけで、身体は熱くなっていき、気分は明るくなっていく。後からくる頭のだるさと、最後に来る猛烈な眠気。これが最高にいい。だって家にいるのだから、「帰宅するまで気を張る」という必要もない。後は寝るだけで、醜態をさらすのはせいぜい家族だ。

酔いたい欲求というのは、当然だが大人になって得たもので、よく考えれば不思議なものだ。後に待っているものは二日酔いだけで、次の日は基本的に良いことはない。でも、ちょっと飲みすぎたときのあの高揚感がよくて、週末まで頑張ったご褒美とか、嫌なことをちょっとでも忘れたいとか、気持ちの切り替えをしたいときに酔いたい欲求が生まれるのだから、やめられないのだと思う。

そんなことに喜びを感じているのだから週末の趣味は一人晩酌なんてことになったが、いいじゃない。サラリーマンなんだもの。

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