死後もバーチャル世界で生きられるようになったらどこからどこまでが死になるの?

ブラウザ検索するとSEO対策されてる似たようなサイトばかりヒットされるような気がする。
検索結果の10ページ目を開いてみると全く関係ないサイトが出てきてこれも過度なSEO対策の結果?

本来ヒットされていいはずのサイトが埋もれていないか疑問に思うことたまーにある。色んな情報に溢れているように見えて、みんな似たようなサイトにアクセスする、情報元の多様性が減る。

wikiも編集合戦されたり編集ロックで嘘かホントかわからない情報が混ざってたりする。
嘘は真実の中に混ぜろみたいにたまにどれが本物の情報なのか、疑う時もある。



今月末にボカロ曲をアップするんだけど、そのためにまた未来に関連することを調べてました。
あんまり前に出していくつもりはないけど私のボカロ曲は基本70年後くらいのバーチャルな世界で生きる人や人外たちを土台にしてて、未来はこんなことになってるよな!?AIはどーだ!?もうなんでも自動化なの!?とかポケーと考えたりしてる。間違いなく今よりずっと、人や物や技術などの情報は増加していてそれを管理するシステムできてるよねって思う。そう考えると情報操作とか改変とかあるんだろなーって物語やコンセプトのきっかけになったりする。そんなこと考えてたら冒頭の疑問が湧いてきたの。

未来のこと考えるとそんなのいっぱい。AIや義体が発達すると生命の定義ってなんだ?死んでもデジタル化された精神が仮想世界で生活できるならどこからどこまでが死なの?頭に直接情報を流せられるようになれば勉強や学校はいらないよね?

さくっとまとめちゃうと、

未来はクリエイティブなことで溢れてる。
誰もが未来を知りたがってて興味を持ってる。
そして未来がどうなるのかは未来にたどり着いてみないと誰にも分からない。

そんなコンセプトな曲を今月アップするってー話よ。
一応Vtuberだからバーチャルっていう界隈の未来に対して自分なりに真摯に向き合ってる、つもり。

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