見出し画像

バレエ漫画60年の遍歴  戦後~1960年代編

はじめに

こんにちは、せのおです!

今回のマガジンでは、1960~2010年代の、バレエ漫画60年間の遍歴についてまとめてみました。

突然ですが、みなさんは「日本人はスタイルが悪い」と感じたことはありますか?
欧米人と比べて胴長、背が低い、顔が大きい…などの印象を持った人は多いでしょう。
しかし、身体美を表現するバレエの舞台で、日本人ダンサーが世界中でご活躍されているのです。

日本のバレエ学習者は36万人にも達しています。
この学習者の数は、バレエの本場であるフランスやロシアでも見られず、世界各国とくらべ圧倒的に多いそうです。
この背景には、日本特有のバレエ事情が関係しています。
海外ではバレエは「職業」と認識されており、厳しい試験を突破しバレエ学校に入学しないと学ぶことができません。
一方、日本では、バレエは「習い事」として普及しており、バレエ教室で誰でも気軽に学ぶことができます
思い返せば、小学校のクラスで必ず1人はバレエを習っている子がいました。
漫画などの娯楽で「バレエもの」が受け入れられているのも、独自のバレエ文化があるからではないでしょうか。

今回の記事では、日本バレエの隆盛もご紹介しながら、バレエ漫画を年代ごとに比べて、遍歴を追ってみたいと思います。

作品一覧

今回は、以下の全12シリーズ(全16作品)をとりあげました。

年表

【図1】作品年表

ネタバレ全開でいきますので、ご了承ください。
また、せのおはバレエに関して全くの素人なので、その点も認識して記事を読んでいただけると嬉しいです…!!

戦後~1960年代

1950年代前半頃、貸本・赤本漫画が隆盛していた中で、少女が読むことを想定して描かれた作品、「少女漫画」が誕生しました。
当時の少女漫画は、「悲しい母娘もの」と「バレエ」が合わさった物語が大流行していました。

少女漫画でこのブームが起こった背景には、2つの潮流があります。
1つは、終戦後で家族を亡くした子供たちが多かったこと
戦災孤児(両親2人とも亡くした子供)は12万人にものぼり、彼らの心に寄り添った物語が求められていました。

もう1つは、少女たちがバレエに夢中になっていたこと
1946年「白鳥の湖」ロングラン日本初公演、1950年『赤い靴』日本公開をきっかけに、戦後の日本にバレエが普及しました。
レース、フリル、リボンでいっぱいの衣装、クロスさせて履くトウ・シューズ、バレエの主役のお姫様、ロマンティックな音楽と物語…。少女の憧れと理想が詰め込まれたバレエは、彼女らの心をつかんで離しませんでした。

画像7

【図2】『赤い靴』主演バレエ・ダンサー、モイラ・シアラー(左)

少女漫画は少女のためのものです。悲しい母娘もの×バレエ漫画が流行したのは当然の流れでしょう。

この年代のバレエ漫画は、バレエの要素が少ないことも指摘されています。
当時はバレエの資料が希少かつ高価だったため、結果、母娘ものの割合が多くなったのでしょう。

けれども、戦後のバレエ漫画が漫画界におとした功績はかなり大きいです。
可愛らしいバレエの衣装やポーズを見せるために、スタイル画や、2段ぶち抜き、さらには3段ぶち抜き(複数のコマの上をまたがって人物の全体像が描かれる手法)の表現方法が確立されました。

画像2

【図3】3段ぶち抜き(『バレエ星』より引用)

1.『マキの口笛』 牧美也子

画像5

【図4】『マキの口笛』より引用

掲載年/掲載誌:1960~1963年/りぼん
巻数:完全版全1巻(小学館クリエイティブ)
主人公:朝倉マキ(年齢?小学校中学年くらいと推測)
登場国:日本(、アメリカ)

あらすじ
幼い時に母を亡くし、姉と二人で暮らすマキはバレエを踊るのが大好きな女の子。そんなマキが憧れる女優のみゆき。「あんな人がママだったら」と思うマキであったが…。
https://premium-free.bookhodai.jp/book?book_id=3000039982

牧美也子先生の初期代表作。とても可愛らしい絵柄が特徴で、初代リカちゃん人形のデザイン・イラストを担当されたとか。『銀河鉄道999』などの松本零士先生の奥様でいらっしゃいます。

戦後の少女漫画の定番、「悲しい母娘もの」をベースにしたバレエ漫画です。
バレエが大好きなマキちゃんは、実はゆう子姉さんと異母姉妹で、実母は憧れの女優谷みゆき。谷は昔有望なバレリーナだったが、事故をきっかけにバレエを断念。そしてマキちゃんと生き別れに…という設定です。
物語の見せ場は「マキちゃんの本当の母親は?」「マキちゃんと本当のお母さんは一緒に暮らせるの?」という「母娘もの」にあります。
そのため、バレエシーンの登場数は非常に少なく、全体ページ数の10%以下でした。
前述したとおり、バレエの資料が中々手に入らない状況を考慮すると、戦後のバレエ漫画はこれが限界だったのかもしれません。

しかし、3年にもわたる長期連載されたバレエ漫画は、本作が初なのではと思います。
牧先生が描く、マキちゃんの心優しい行動と、愛くるしいバレリーナの姿に、当時の少女たちは強く惹かれていたのかもしれません。

☑その他の見どころポイント

「白い森」のバレエシーン。

画像6

【図5】『マキの口笛』より引用

「白い森」とは、谷みゆきが作成したオリジナルバレエです。
60年代頃には既に、漫画家独自が生み出したバレエ作品が登場していることが分かります。

2.『バレエ星』 谷ゆき子

画像4

【図6】『バレエ星』より引用

掲載年/掲載誌:1969~1971年(小学一年生1969.1~1969.3、小学二年生1969.4~1970.3、小学三年生1970.4~1971.3、小学四年生1971.4~12)
巻数:完全復刻全1巻(立東舎)
主人公:かすみちゃん(年齢?小学校中学年くらいと推測)
登場国:日本、フランス

あらすじ
かすみちゃんは、きれいでやさしい女の子です。
びょう気のママをたすけて、「バレエ星」の本を書いています。
かすみちゃんは、りっぱなバレリーナになって、「バレエ星」をおどりたいと思いました。
そこで、花田先生に、あずけられることになりました。
ところが、かすみちゃんは、花田先生の家のあざみさんに、いじめられてばかりいます。…
(『バレエ星』p.156より引用)

谷ゆき子先生は、1950年代末~80年代頃まで小学館の学年誌を中心に活躍されました。
代表作は、計8作品からなるバレエ作品群・「星」シリーズです。本作『バレエ星』に加え、『さよなら星』(1970~72)、『まりもの星』(1972~74)などがあります。
当時の学年誌には、数多くのバレエ漫画が連載されていましたが、谷先生の人気は格別でした!
学年誌では、4月~翌年3月までの年度内で連載を終了させることが基本でした。その中で『バレエ星』は、1968年に小学1年生になった読者を主な対象に、読者の進級に合わせて、掲載誌の学年を変えて連載を3年続けました
この人気作は、2017年立東舎から完全復刻されるまで1度も単行本化されたことがなく、「幻のバレエ漫画」とされていました。

『バレエ星』の物語の根幹は、父親を亡くし、妹の面倒を見ながら病気のお母さんの看病をするといった、「悲しい母娘もの」です。

画像8

【図6】『超展開バレエマンガ 谷ゆき子の世界』より引用。
扉絵には「かなしいバレエまんが」の記載があります。

しかし、内容は超展開バレエ漫画でした!!
かすみちゃんは、立派なバレリーナになるために、なんと滝修行をしたり、両手に水一杯のバケツを持ってターンの特訓をしたりするシーンまであります。
また、同じバレエ教室に通っているあざみさんのいやがらせにより、ダイナマイトを爆発させられたり、狂犬に食べられそうになったりと命を狙われそうになります。
この超展開には、谷先生が、子供たちの注目を浴びていた『巨人の星』や『アタックNo.1』に負けないような作品を目指した背景があります。
しかし、この超展開物語に支離滅裂は生まれることはなく、大の大人になったせのおが読んでも続きが気になって仕方ない展開でした。(笑)

本作も、見せ場が母娘ものや超展開にありますので、特に前半はバレエシーンの登場は少なく、全体を通しても半分以下ほどです。
しかし、後半ではイギリスからやってきたコーチやバレエ留学生も登場し、「白鳥の湖」の公演出場をかけた白熱のオーディションシーンもありました。

そしてまた、谷先生もどちゃくそ絵が上手いです…。
扉絵など、少女の夢をそのまま具現化したような美しさで、目を見張るほどでした。

☑その他の見どころポイント

前述の滝修行シーン!

画像3

【図7】『バレエ星』より引用

しかし、これは日本のバレエ教室で実際の練習方法として実践されていたことが発覚しています。

次の記事⇒1970年代編

1960年代編 1970年代編 1980~1990年代編
2000年代編 2010年編 おまけ編


この記事が参加している募集

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?