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Special Relativity (01)

相対論の研究者をやっていると、「どうして光の速さを超えることはできないのですか」とよく聞かれる。光の速さは(真空中では)秒速30万km、1秒で地球を7周半できる速さである。光の速さは自然界最速で、これを超えて移動することはできない。

この速さはたしかに大きい。「人類最速」の陸上選手であっても、100mを10秒弱で走るのだから、1秒では10mくらいしか進んでいない。つまり秒速は10m程度である。時速300kmで走る新幹線も、1秒で進めるのは83mくらいである。人間よりはだいぶ速いが、光の秒速30万kmにはまったく及ばない。

音は新幹線より速く進むが、それでも空気中では秒速およそ340mである。この速さだと3秒で1km進むことになるが、このことと光が非常に速く進むことを使って、自分から雷雲までの距離を求めたことがある人も多いだろう。光は非常に速く進むので、雷から放たれた光は「間髪入れずに」私たちに届く。しかし雷が落ちたときの音は、光ほどは速く進めない。私たちから1km離れたところに落ちた雷の音は3秒後に私たちに聞こえる。2km離れているなら聞こえるのは6秒後である。もう少し離れたとことに雷が落ちたとしても、雷光は落ちたと「ほとんど同時」に私たちに届く。なにしろ光は、1秒で地球を7周半するほどの速さなのだ。だから、「光ってから何秒後に雷鳴が聞こえるか」を測ってあげれば、雷雲が自分からどれだけ離れているかがわかる。つまり

・雷の光は、落ちてからこちらに届くまでにほとんど時間がかからない
・雷の音は、落ちてから1秒で340mずつ進んで届く

という事実を使っている。

このように、光速は非常に大きい。たしかにそうなのだが、有限であることもまた事実である。「1秒間で地球を7周半」ということは、「地球を1周するのに、光の速さでも0.13秒くらいは掛かる」ということだ。このため、オンライン格闘ゲームのプレイヤーからは「光は遅すぎる」と言われるそうだ。日本とブラジルでゲームをプレーすると(ブラジルは日本の裏側ではないが)、日本でコマンドを入力してからそれがブラジルに届くまでに1/30秒(0.06秒くらい)掛かってしまうということだ。この時間はプレーヤーには認識できてしまう長さだそうなのだ。実際には、光の速さどころか接続機器などの問題で、もっとタイムラグは大きくなる(というか、そちらの方がはるかに大きく、光速によって発生する遅延は隠れてしまう)。

2020年のコロナ感染爆発によって、世界中で zoom などのツールを使ったオンライン会議が主流になったが、あのオンラインでのやりとりのタイムラグにイライラさせられた人は多いだろう。リアルの会話にはない、あの「間」だ。リアルの会話のときは、なんならかぶせ気味に話すことすらあるが、オンライン会議でそれをやってしまうとノイズ除去機能が要らない気を利かせてしまうこともあいまって、会話が噛み合わなくなる。

そうしたオンライン機器への不満はさておき、こうした問題はすべて、情報の伝わる速さが有限であることに由来する。光の速さが自然界で最速なら、それよりも速く何かが伝わることはない。どんな手立てを使っても、情報は秒速30万km以上の速さで伝わることはない。どれだけ頑張っても、1秒で地球7周半「ごとき」の速さでしか、あなたの言葉を人に伝えることはできないのである。

だとすると、最初に述べた疑問である「なぜ光速を超えて進むことはできないのか?」が余計に不思議に思われてくる。私たちが日常生活で見かける速さよりはだいぶ速いにしても、地球の裏側まで0.1秒以上も掛かってしまうような光速ごときをなぜ超えられないのか?

この問題に納得するためにはいくつかの段階を踏む必要がある。順は少しバラバラになるが、列挙すると

・情報の伝わる速さは有限であるほうが自然だということ

・光速はいくつかの物理定数で決まっているということ

・その物理定数は「宇宙ごと(時空ごと)」に決まっているということ

・光速が速度の上限であり、それがどの観測者からも同じ値であること

・「光速が速度の上限であり、それがどの観測者からも同じ値であること」がこの時空の原理原則であるということ

・それに納得できないのは私たちの「日常経験速度」が非常に小さいことに由来すること

などである。これらを理解し、納得できたら、「光速が速度の上限であり、それがどの観測者からも同じ値であること」を認めることで、ニュートン力学がどのようにアップデートされるか考えられるようになる。そうやってアップデートされたものこそ、特殊相対性理論である。ここでは特殊相対性理論について、できるだけその発想が「自然だ」と思えるように説明できるか試みる。

ちなみに特殊相対性理論に重力の効果まで組み込んで一般化したものが一般相対性理論である。特殊相対性理論をある程度知っており、一般相対性理論に進みたいという方には拙著『ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論』をお薦めし、この note では特殊相対性理論をメインに書いていく。なおこの文章は現在執筆中の書籍とも連動していて、その書籍をまとめる上で必要となるポイントを整理するのに使おうと思っている。



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