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死因:鈴蘭

幼い頃から、スズランの毒で死にたいと思っていた。

幼稚園児の頃、親戚のおじさんのことが好きだった。母方の祖母の弟だから、大叔父と呼ぶはずだ。たぶん当時でも50代くらいだったんじゃないかな。正確な年齢を憶えていない。本名すら思い出せない。「●●くん」と呼んでいた気がする。ここでは仮に「健吾くん」と呼ぶことにする。なんとなくそんな感じの響きだった気がするから。

痩せ型のメガネで優しそうな風貌の健吾くんが好きだった。母方の親戚だが、父親にすこし似ているところも安心して甘えられるポイントだったのかもしれない。わたしは健吾くんにべったりだった。

あまりにも健吾くん、健吾くんとわたしが付いて回るので、健吾くんは「ふたりでお散歩に行こう」と言って連れ出してくれた。たぶん夜の8時くらいだったが、今まで夜中に長く外を歩いたことなんてなかったから、すごく刺激的に思えた。わたしがふと思いたって深夜に歩きまわる癖があるのは、この記憶のせいかもしれない。

手を繋いで祖母宅のまわりを歩いた。祖母の家は秋田にあって、熊が出そうな森や小径がたくさんある。健吾くんは、この花はなに、この木はなに、と丁寧に教えてくれた。その時、通りかかった老人ホームの庭いっぱいに、鈴蘭が咲いていた。健吾くんは鈴蘭を一輪手折ってわたしにくれた。「鈴蘭には毒があるんだよ。食べたら死んじゃうんだよ」と彼は言った。「水仙にも百合にも毒があって、食べたら死んじゃうよ」彼は続けた。「毒のある女の子になりなさい」


去年の11月、健吾くんは逝った。死因は鈴蘭でも、水仙でも百合でもなくて、脳出血だった。

死の一週間ほど前、健吾くんは頭を痛がっていたという。その時点では病院に行っても、異常は見られなかったそうだ(と言うより、詳しい検査はしなかったようだった)。その翌日、祖母と会っている時に彼はまた頭を痛がった。祖母は心配してもう一度病院へ行くことを勧めたが、そのまま独り自宅へ帰ってしまったのだそうだ。その後、何度電話をかけても繋がらないことを心配した健吾くんの息子がアパートの窓を割り、倒れている健吾くんを発見した。数日後、健吾くんは病院で亡くなった。葬式はなかった。

健吾くんはわたしに、毒のある女の子になれと言った。彼はどんな毒を想像していたんだろう。どんな女の子になって欲しかったのだろう。今のわたしは健吾くんにとって毒のある花だろうか。


わたしは、どう死ぬのだろう



#あたらしい自分へ

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