街は人のエネルギーでできている

私の住むポカラでは、ロックダウン4週目に突入した。

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ポカラを含めネパール全土で全ての学校と会社がクローズ(銀行や役所含む)。空港も陸路の国境も一時的に閉鎖状態にあり、加えて国内のあらゆる公共交通機関が止まるだけなく、自家用車やバイクも走行禁止、開いているのは、病院と食料品店と薬屋とATMくらいだ。

が、日頃から、家にこもって仕事している私の毎日はそう変わらない。原稿に煮詰まった時に、気分転換にカフェに出かけることができないことくらいで。

とはいえ、家から一歩も出ないというのも窮屈。
食料品や薬を買うために出かけることだけは許されているので、部屋から徒歩15分のスーパーに運動がてら出かけてみた。

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スーパーはレイクサイドのメインストリートにある。レストランや土産物屋が軒を連ね、いつも多くの観光客で賑わっていた通りが、今は、ほぼ全ての店がシャッターを下ろしている。

この人だけが消えた感はなんだ?

出来の悪いSF映画でもみているような不思議な感じ。
スーパーに向かう途中、シャッターの下りた誰もいない通りを歩いているのは私だけという時間が、ほんの3分くらい続いただけで、なんだか落ち着かない。

スーパーの周りに数人の人を見かけた時は、本当にほっとした。

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裏通りの住宅街はロックダウンと言っても、ちょこちょこと小さな八百屋や食料品店が開いているし、野菜の入った袋を手に歩いている人もパラパラ見かけ、子どもの泣き声や、圧力鍋のシューッという蒸気の音など生活音が聞こえてくる。家の前でバトミントンをする人々の姿は、ロックダウンという緊迫した響きとは似つかわしくないのどかさである。

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しかし、メインストリートはほぼ店舗しかなく、抜け殻状態。

人がいなくなると、こんな風に街の気も抜けてしまうのか…。

あのガチャガチャしたエネルギーは、実はあまり好きではなかったのだけど、抜け殻よりはずっとマシだったのだと思う。

街は人のエネルギーでできている!

そんな当たり前なことを、しみじみ考えながら、米だの醤油だのパスタなどが詰め込められたリュックの重さを肩に感じつつ、誰もいない通りをテクテク歩いた春の日の午後。

さて、今日の晩ご飯は、何にしようかな。


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【text by Chikako from Nepal 】

宮本ちか子 瀬戸内海の島で海に囲まれて育つも、なぜか海のないヒマラヤの国ネパール在住。夫も仕事も家財道具も全て捨て、ネパールに移住したのは30歳のとき。ポカラで15年ホテルを経営するが諸々あって、泣く泣くホテルを売却。現在はフリーランスライター、タマラエネルギーワーク、仕入コーディネイト等々。バツイチで結婚は2回、娘が1人、ネパール人配偶者はアーユルヴェーダの治療師。「刺身が食いたい」とつぶやく回数が最近さらに増えてきたアラフィフである。

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