ホーチミンの4枚の短冊のこと

ホーチミンで七夕を迎えた。2年前のことだ。

ベトナム人向けの日本語学校をつくるためにホーチミンに移住し、ようやく開校にこぎつけた頃。私が日本語教師として最初に担当したのは、20〜23歳の女の子たった4人のクラスだった。

7月7日、日本語に少しずつ慣れてきた彼女たちに「七夕」という行事を紹介し、日本語で短冊を書いてみようと提案した。

彼女たちはいつも「日本人の彼氏がほしい」とか「お金がほしい」「新しい携帯電話がほしい」とか、そういう話ばかりしていたから、きっとそんなことを書くんだろう。

そう思って眺めていたら、みんな辞書を見ながらものすごく真剣な顔で小さな短冊に向き合い、何度も何度も書き直している。一人は「先生、これは日本語で何と言いますか?」と何度も質問してきた。

20分くらい待っただろうか。ようやくできあがった短冊には、覚えたてのひらがなが並んでいた。

「かぞくがずっとけんこうでしあわせに」
「かぞくにいえをかいたい」
「たくさんはたらいて、かぞくにたくさんおかねをおくりたい」


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彼女たちは「技能実習生」として、数ヶ月後に日本に渡航することが決まっていた。いわゆる、日本の工場や建設現場への出稼ぎだ。

技能実習生の年齢は18歳〜25歳が多い。両親が早くに他界して、家計を一人で支えている子、家族のために幼い我が子をベトナムに残して渡航する子。みんなそれぞれの事情を抱えて日本へ働きに行く。一度日本へ渡ったら、3〜5年はベトナムへ戻れない。

渡航前の数ヶ月間は、実家を離れてホーチミンでの寮生活。日本語学校での勉強時間は1日8時間。それに、寮での2,3時間の自習が課される。

彼らは、遊びたい盛りの20代のほとんどを、勉強と実家への仕送りに費やす。


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残業120時間で過労死認定、日本人上司からのいじめ・暴力・パワハラ、残業代未払い、過酷な環境に耐えきれずに逃亡。

技能実習生を取り巻くニュースを見ると、本当にいたたまれない気持ちになる。ニュースだけを見ても本当のところはわからないけれど、ほとんどの実習生が、家族に楽をさせるためにいろんなものを犠牲にして、必死の思いで日本に飛び込んできている。


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4人がいよいよ渡航する日。私もホーチミンの空港まで見送りに行った。チェックインゲートの前は、親戚や友達でごった返した。たった4人を見送るために50人くらいが集まり、みんな大泣きで別れを惜しんでいた。

日本へ行くというのは、そういうことなのだ。

泣きに泣いた後、チェックインを済ませてセキュリティゲートに向かった4人の顔は晴れ晴れとしていた。最後に、「先生、今までありがとうございました」と、手紙とプレゼントをくれた。先生と呼ばれるのが恥ずかしくなるほど、彼女たちは私よりもずっとずっと強かった。


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2年前の七夕に書いた4枚の短冊は、その日のうちに学校の庭の木に結びつけたけれど、雨季のスコールで次の日にはびしょびしょになってしまっていた。

4人は今、福岡の工場で働いている。いい上司や同僚に恵まれて元気にやっている。日本に住んで、もう1年半になる。

時折Facebookにアップされる楽しそうな顔を見るたびに、私は今でも、4枚の短冊に並んだいびつなひらがなを思い出す。


ちなみに私のはこれ。一応叶いました。


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Chihiro Bekkuya

「はじめからなかったこと」と同義にしたくない日々のこと

なまものの自分と向き合う時間をつくるための日記
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