2017年の目標、を決めないかわりに

目標を立てるのがどうも苦手だ。

たとえば誕生日を迎えて、「○歳の抱負は?」と聞かれたとき。
年始に、「今年の目標は?」と聞かれたとき。

うーん、と思ってしまう。

そして、「仕事をがんばることですかねえ…」とか、何とも突っ込みどころのない微妙な返答をしてしまう。

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年始、Facebookのタイムラインは決意表明であふれていた。
「2017年にやりたい100のリスト」というのも見た。

“今年はこれをやる”と決めて、それに向かってきちんと進める人はすごい。

私は自信がない。今やりたいと思っていることを、3ヶ月後もやりたいと思うかどうかなんて、保証できない。

行きたい場所、やりたい仕事、見たいもの、食べたいものなんて、出会った人からの影響やそのときの気分で簡単に揺れる。

過ぎ去ってみればあっという間だと感じる「1年」という時間は、それでも何かが変わるには十分な期間だと思う。

1年という時間があれば、仕事をやめて次の仕事を始めることも、別の国に住み始めることも、初心者ではじめた趣味をそれなりのレベルに引き上げることだって、たぶんできる。初めて出会った人が、人生でなくてはならない人に変化するのにだって十分な時間だ。

その変化の中にあってブレずに目指せる何かを、これだ!と決めることなんてできない。ましてや100個もリストアップするなんて不可能だ。

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言い訳をさせてもらうと、突然目の前にふわっと訪れる変化に心を開いておきたいのだ。

たとえば、年始の目標を「一人旅をする」に決めたとして。その1ヶ月後に、この人と一生一緒に生きていきたい!と思う人に出会ったとして。まだ見たことがない世界をこの人と一緒に見てみたい!と思ったとして。

そしたら目標なんて潔く捨てちゃって、その心に従うほうが素敵ではないか。と思うのだ。

目標があまりに明確に定まっていると、そこをクリアしたいがために、今本当に必要なものが見えなくなってしまうんじゃないか。

これを達成しなくてはいけないから、を動機にするよりも、「今どうしてもこれがしたい」「この流れに乗ってみたい」に従うほうが、あとあと振り返ったときにきっちり1本の線を描けているような気がするのだ。

書けば書くほど言い訳がましいけれど、つまり私はそういう生き方のほうが好きなのだ。

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その代わりに、と言ってはなんだけれど。

行きたい場所や食べたいものは、わりと簡単に変わる。

だけど今までの人生を振り返ってみると、「会いたい人」はそう簡単にブレないらしいということがわかってきた。

だから、「やりたいこと」の代わりに「会いたい人」を並べてみることにした。


むかし、友達と一緒に小さなWEBマガジンを立ち上げたとき。会いたい人にはインタビューを申し込んで会いに行った。今はベンチャーで仕事をはじめて、自分の頑張り次第で、この人と会ってみたい・一緒に仕事してみたいと思う人と「一緒にできる何か」を作り出せるようになった。

「会いたい人に会う」を繰り返していくことが、今までの道筋をつくってきた。振り返るとそう思う。だからそれ以外は、ゆるゆるとやっていければいい。

訪れる変化には正直に。会いたいと思う人には、自分の力で会いに行く。

そうやって軽やかに、生きていけたらいいと思う。

結局、決意表明みたいになってしまった。おやすみなさい。

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あしたもいい日になりますように!

いえーい!\(^o^)/
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Chihiro Bekkuya

いつも迷子です。

「はじめからなかったこと」と同義にしたくない日々のこと

なまものの自分と向き合う時間をつくるための日記
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