「どうして村上作品を読むのか」について語るときに私の語ること/「騎士団長殺し」村上春樹

村上春樹作品が好きですか?と聞かれたら、「4:まあ好き」「5:とても好き」の間と答えるくらいには“ハルキスト”だと思っている。

全作品を読んでいます!という熱心なファンではないものの、『羊をめぐる冒険』『ノルウェイの森』は好きだし、時々出される旅行エッセイや翻訳本も好きだし、『村上さんのところ』も定期的にチェックしていた(書籍化したものも家にある)。

という話をしたら、ある人に

「男性が共感や憧れの目線で村上作品を好きになるのは理解できるけど、女性にとっての好きポイントがどこにあるのかわからない」

と言われた。


たしかに、ところどころに散りばめられるウィスキーの知識や、ツウっぽいジャズ・クラシック・オールディーズのタイトル、POPEYEに登場しそうな朝食、あくまでも自然体で生活しながらも「あなたって他の人と違う」と女性が勝手に近づいてきて、「そして僕は彼女と寝た」のお約束……

好きポイントどころか、女をイラっとさせる要素も多分に持ち合わせている。


でも私は、というより世間は、ハッキリと村上作品に求めているものがあるのだ。そうじゃなきゃ新刊発売がテレビニュースになるなんてことはないし、海外書店の売り上げランキングで1位になることだってない。


***

私は、ことばで整理されたもので構成される世界と、言語化からこぼれ落ちてしまったもので構成される世界は、同じくらい大切だと思っている。

前者は、たとえば「仕事」「システム」「数字」のような要素で語られる、社会的な「人間」の世界。後者は、ヒトも動物も土も風も同じものであるという、宇宙やもっと大きな何かを軸にした世界。

村上風にいえば「こちら側」と「あちら側」。

そして村上作品は、「こちら側」「あちら側」の境目を何かのきっかけで意識する、または越えてしまうというのが、ストーリーの主軸になる。少なくとも、今まで読んだものは全部そうだったと思う。

私の“好きポイント”は間違いなくここで、つまりは「こちら側」で99.99%が完結する東京での生活の中で、「あちら側」について思いをめぐらすきっかけを得たくて、村上作品に手を伸ばすのだ。

自分の思考回路を理解するのには「動物」「原子」としての自分について考えることが必要だし、自分が年老いて死んでいく過程で対峙するのは間違いなく「あちら側」の世界だと思うからだ。


「私はそのときふとこのような思いを持ったのです。この世界で何を達成したところで、どれだけ事業に成功し資産を築いたところで、私は結局のところワンセットの遺伝子を誰かから引き継いで、それを次の誰かに引き渡すためだけの便宜的な、過渡的な存在に過ぎないのだと。その実用的な機能を別にすれば、残りの私はただの土塊(つちくれ)のようなものに過ぎないのだと」
(『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』より)

***

ちょっと話は飛ぶけれど、この前人生で初めて混浴温泉に入った。

もちろんジロジロ見られたりはしないし、きちんと人間的な規範に沿った空間ではあるのだけど、男女が裸=動物としての姿を晒しあうその空間は「あちら側」に近い気がした。

湯けむりの中で肩書きも名前も持たない人々を眺める経験は、村上作品で感じられる「“あちら側”への切り替えスイッチ」に似ていた。


自分は原子でできた入れ物でしかなくて、生きがいやら肩書きやらにラベル以上の意味はない。土も水も私も長い循環の中では同じもので、ことばは音の振動以上の意味を持たない。

働いて、役所にしかるべき届出をして、税金を納めて……という生活の中だからこそ、ちゃんとそういう世界に目を向ける時間は持っていたい。そうじゃないと、じわじわと足元が揺らいでいってしまう。

「こちら側」の世界は、宙ぶらりんでとても脆い。

***

「こちら側」「あちら側」の境界は、数々の芸術作品や小説で語られるテーマだし、「わざわざ村上作品じゃなくても」なのかもしれない。

都会で普通に暮らしていたって、「あちら側」への扉をちゃんと見つけられる人もいるのかもしれない。

ただ、根がミーハーなのも加わって、やっぱり私はその境界への手がかりを、村上作品に求めたいと思うのだ。


そんな感じで、「騎士団長殺し 第2部」もうすぐ読み終わります。

カバーのダサさはどうにかならなかったんだろうか……。

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あしたもいい日になりますように!

いえーい!\(^o^)/
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Chihiro Bekkuya

ドーナツとコーヒー、ときどき本

特別に読書家なわけでも、文学に明るいわけでもない、ごく普通なアラサーの読書備忘録
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