家族機能:家機能

家である。

家ってなんだろうか。家が成立するには何の条件が必要なのか考えてみれば、家というのは遺伝子そのものの「意識の拡張」だ。かつての「道具」は意識の拡張により、意識が身体からはみ出た(Extpanted)だけだと考えると、家も道具であるし、感情そのものだ。家が感情そのもの?絵画のようなものなのか?絵画や芸術は、感情をある閉じた一項により完全性を保持する数式だとすれば、感情をコンクリートのようにカッチカチに固めてしまうことにより、未来永劫、存在確率が上がる。ゆわゆる普遍的な芸術は、いかに遺伝子レベルでの本能に基づいた恐怖そのものであるかというのが指針。しかしいくらその時が完全だと思っていても、老朽化なり、何か外部の要因、外部の要因とはなんだ?外部とは空間と時間だ。人間に外部も内部もあるのか?この世界はない!!!!!!!!!!ぜんぶ嘘だ全て夢だ!!!

と、まあここまで読んで意味がわからないとは思われる。のでここからは簡単に説明しよう。家はどこまで家なのか?だ。例えば、最低限の家だと考えられるものは、屋根と壁だ。それで君はこれを家だぜ?と言い張れる。家だぜこれ家ははははは。どうだ?過ごしやすいだろ?、しかし君、ここに住みたいと思うか?、これじゃ洞窟と同じだ、石器時代のほうがまだましだろうな。石器時代の人々にあったことがある現在人がいるわけがないから、すべて想像するしかないだろうが、石器時代の洞窟には最低限の他の機能はあっただろう。洞窟なら沢山あっただろうし。それを家だとしたら、地球上至る場所に家だらけになってしまう。最高だと思わないか?地球上すべてが家だらけだ。最高だ。最高に気が狂いそうだ。家なんか無いのと同じなんだ。じゃあ、私達が家だと思うものは、家ではないということだ。屋根と壁だけが家ではないのだ。つまり家は、家機能という沢山のものが全てそろって家に近づくのだ。

想像でしかないが、言葉、言語もそうであるように、生得的な本能だとすれば、家にも生得的な本能が埋もれている。意味だ。例えば、台所だけに意味は見つけられるだろう。台所。この言葉だけで、何をする場所なのか誰でもわかる。火星人にもわかる(火星人が水を使う文明だとすればの話だ(あと火星人なんか何百通りいる(だいいち、火星人と私達人類の共通する言語などほとんど無い)それはいいとして、台所kichinというのは、肉を焼いたり、調理をする場所だ。調理?なぜ私たちは調理をするのか。それは後でいい。

風呂。風呂は誰でもわかる。汗などの汚れを掃除するための道具だ。便所。これも同じだ。これだけで、家といえるか?家なんて言葉を使うのはやめよう。感情の振幅にしよう。感情の振幅に耐えられる、耐久材として、現在では紙幣などを使って、商品として購入せざる負えない状況に落ちいいっている。搾取そのものだ。監獄そのものだと思わないか?生きるということが。

生きることは監獄だ。


話はExpantedしてしまったが、つまり、いろんな感情に耐えられるものが家だ。そうでなければ、洞窟と変わらない、いや地球、地表、いやいつライオンや野生動物に夜中捕食され食い殺されるかわからないようなアフリカのサバンナにいるような原始時代と同じ状況だ。紙幣なんてなければ、本能的に、其の場合、周りの、木や、土、などを駆使して、なんとかして家機能を自らの手で使ってつくり上げるだろう。生きたいからだ。食い殺されるなんて嫌だろう?はははははは。紙幣ごときで、死ぬのか?なんて無様な進化なんだ。全部嘘だこの世界なんか無いんだ!!全部夢(

ということだ。

結果として、家機能が低下した場合、やばいということだ。

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