べえのすけ

大阪の大学生。高校生の時、精神的に体調を崩し、不登校に。このnoteは自分の思ったこと…

べえのすけ

大阪の大学生。高校生の時、精神的に体調を崩し、不登校に。このnoteは自分の思ったことや、考えたことのアウトプットの場にしています。モットーは「想像、発問、行動」https://mobile.twitter.com/benosuke_

最近の記事

出会ってしまうまえに

論理的な文章ばっかり書いてるんだもの、感性でものを書けなくなってしまった。なんてのは言い訳で、人に評価されることを意識してしか書けなくなってしまった。だから今日は久しぶりに書きたいことを書こう。書きたいと自分が思ってる誰かの欲望を。 けど、それで良いのだと思う。誰かの欲望を生きることも誰かの愛を生きることも。でも自分だけの欲望っていい響きだよね。 私は、いつも相手に合わせて何かを選ぶ。嫌われたくないだけで、愛されたいわけではない。自分が大好きで自分の価値を下げたくないから

    • 良く在るということ

      大学2年生も終わりの私は、インターンを探していた。とあるインターンの応募にひっきりなしに書かれていたのは「成長しよう」という言葉。 私はこの言葉が苦手だ。この言葉がというよりは、この言葉が使われる文脈がだが。 人間は、ただそこに在るというbeing的側面と行為するというdoing的側面があると思う。 成長という言葉が使われるのは、「××できなかったけど○○できるようになる」というdoing的側面であることが多い。けど、being的な成長だってあると思う。 それは、新

      • 変わらない自分を認める

        「変わりたい」 そう思うことはありますか。「はい」と答えても、自己啓発の教材とかはおすすめしないのでご安心ください笑 今の自分から変わりたいと思うことが、生きていれば誰しもあると思います。けれども、そう思うたびに自分の中で何かがぎゅうっと苦しくなることってありませんか。 変わりたいという言葉が、今の自分を否定するものとして働いてしまっている。そのことについ最近気付きました。 変わりたいという言葉の前提には、今の自分は変わるべきだという認識があるでしょう。それは、ある意

        • 文学部 就職

          文学部に行こうと決めたとき、文学部なんかに行っても役に立たないし、就職できないかもという考えが頭をよぎりました。 グーグルで文学部と検索したら、文学部 就職 と出てきました笑。みんな同じことを考えているんだろうなあ。 文学部での勉強は人文科学という分野に位置しています。哲学、歴史、社会学、心理学などがこれにあたります。 確かにぱっと見、就職など何かに役立つかはわからないと思います。例えば、AIとかiPS細胞といった自然科学のほうが役に立ちそうだという意見はもっともです。

        出会ってしまうまえに

          弱さを確かめあった先に

          弱音を吐いたり、泣いたりとか、人が相手に対して弱さを見せる瞬間ってあると思う。 私は、その瞬間嬉しいなって思う。それは、別に、ははは、ざまーみろみたいなことではなく、相手が自分に対して警戒心を持っていない、信頼されているということだと思うからだ。 人間ってそんなに強くないから、きちんと弱さを共有することが大事だなと思う。それは、家族でもいいし、リアルの友達でもいいし、SNSの友達でも、誰でもいいと思う。 みんなも弱みを見せてくれたら、嬉しいなって感じるんじゃないかな。

          弱さを確かめあった先に

          ふたつの言葉のはざまで

          私は、不登校でうつで引きこもりで、そこから脱したあと浪人をしていたのだが、不登校とか、うつとか浪人って基本孤独だし、やることない(浪人生は勉強しましょう)から、自分と向き合う時間がどうしても多くなる。 その結果、自分と向き合う言葉やじっと立ち止まって考える力が身につくと思う。 だけど、その力がある割に、人に伝える言葉の力、判断や決断する力があんまり無くてバランスが悪いっていうのと、現代社会で求められる力はどちらかというと伝える力、判断力のほうなので、どうしたらいいんだろう

          ふたつの言葉のはざまで

          デジタル社会ともののあはれ

          自分ではどうしようもできない大きな流れというか、力のようなものを感じることがあります。 そういうものへのやるせなさ、はかなさに昔の人はもののあはれを感じたのかなあ。 悲しい、悔しい、切ない――そんな気持ちをかみしめて味わって生きていたのでしょうか。 今の時代はそういう感情をSNSとかテレビ、ネットでただ消費してしまっているような気もします。日本語の形は変われど、日本語を話している限り、見えないものでつながっている気がするんだけどなあ。 でも、自然災害とか事件、伝染病な

          デジタル社会ともののあはれ

          価値観のぶつかり合い

          ひとつの価値観で生きるのは危ないことだと思う。 それは、その価値観を共有していない他人を傷つけることにもなるし、自分をも傷つけてしまう。今まで信じていたものが崩れ去ったとき、どうやっていけばよいかわからなくなるのだ。 いろんな人と生活することは価値観のぶつかり合いになる。いろんな考えを知っていることは、他者を認めることにもつながるし、自分の強みにもなる。 これから刻一刻と状況が変わっていくウィズコロナの時代にこそ、多様な価値観が必要だと思う。生きていればいいじゃないかと

          価値観のぶつかり合い

          不登校から大学に受かった私が伝えたいこと

          私は、高校三年生の7月から、パニック障害とうつ病のため不登校になりました。もちろん卒業はできず、その後、学校には通わず籍だけ置いて、4月から予備校で大学受験のために、勉強をしていました。 体調を崩したのが、高2の学期末だったので、その時期から、勉強に手がつかず、1年ほど勉強をしていませんでした。(病状がある程度、回復してからは、ラジオの英会話講座などをやっていたのですが...) 4月に受験勉強を始める時には、ほぼサラからのスタートでした。 そんな状況で何をやったかというと

          不登校から大学に受かった私が伝えたいこと

          安心して不登校になれるということ

          私は、高校三年生の7月頃からパニック障害とうつ病のため学校に行かなくなり、現在は高校を休学して、大学受験のため予備校に通っています。私も、去年のこの時期にまさに当事者として、憂鬱な8月を過ごしていました。うわ、思い出したくない... 不登校になる原因というのは様々だと思います。いじめもあるだろうし、私みたいに病気になってしまうこともあるだろうし、学校の雰囲気が合わないなどもあるでしょう。それに、学校にはちゃんと行ってるけど、すごくつらい、行きたくないという人もいると思います

          安心して不登校になれるということ