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盛岡をビアライゼ咲く街へ。ベアレン醸造所・嶌田洋一専務インタビュー

「それぞれの街にそれぞれのビールがあり、みんなが自分の街のビールを誇りに思っている」(『つなぐビール』P52より)

ベアレン醸造所・嶌田洋一常務著の『つなぐビール』(ポプラ社)を読み、一番「ベアレンらしいなあ」と感じた一節だ。

2016年7月10日(日)。
東京・新宿「.Jip」にて、岩手県盛岡市にある地ビール会社「ベアレン醸造所」のイベントが行われ、専務の嶌田洋一さん(以下「嶌田さん」)が直々にいらっしゃるという事でインタビューをお願いした。

インタビューの最初に、冒頭の一節が印象に残っている事を伝え、ベアレン醸造所の「これまで」と「これから」についてお話を伺った。



〔もくじ〕
【実際にドイツで感じたビアライゼを岩手でも】
【なんで長い物に巻こうとするのか】
【「岩手にビアライゼしに来て欲しい」】
【自分が思いもつかないようなものが出来てくる楽しみは持ってますね】
【面白いアイディアとか新しく始めることなんかは、結構な確率で飲んだ時に出てきてる】
【意図的にやろうと思うことは上手く行かないことが多いですからね(笑)
【これからも岩手をバックボーンに】
【エピローグ】


【実際にドイツで感じたビアライゼを岩手でも】


ドイツでは、国内に数多の醸造所があり、それらのビールを求めて旅をする文化があるという。これをビアライゼ(Bierreise)と呼ぶのだそうだ。

ビアライゼは、単純にビールを求めて酔っぱらうためだけの「はしご酒」が目的ではなく、その街の風土を知り、人を知るという目的も含むらしい。

冒頭の一節は、嶌田さんがラオホを飲むべくしてドイツに渡った際、肌で感じた情景を描いたものなのだが、ベアレン醸造所のあり方にも共通する考え方であるようだ。


嶌田さん:(ビアライゼ先のドイツでは、その街のビールをその街の誰もが)誇りにも思ってるんでしょうけど、それを超えて当たり前になってて、文化のひとつになっているんです。

その人たちにとっては、その街にそのビールがあることは当たり前で、溶け込んじゃってると言うか、肩の力が抜けている。「うちのビールが一番なんだ!」みたいにそこまでの肩肘張ってる感じじゃなくて、当たり前に飲んでる。そういうのがいいなあと思うんです。

そんな雰囲気とか、世界観みたいなものを、外から来た方が「面白いなあ」って思ったり、そこにいる人たちと一緒に飲みたいなあと思ってくれたり、一緒に飲んだりできたら一番いいんじゃないかなって感じがします。


【なんで長い物に巻こうとするのか】

2016年現在、全国各地で様々なビール祭りやコンテストが開催されており、津々浦々のビール会社が多い時で数十から100社近くのブースを連ねる。そんな光景もクラフトビール愛好家にとっては見慣れたもので、その数が数件だと寂しさすら覚えるはずだ。

また、都市圏を中心に続々と開店するクラフトビールのお店も同様で、いつでも世界各国のビールを樽生で飲める環境が整っている。

これらの環境構築がクラフトビールブームの原動力となっているのは万人の認めるところだろう。

そんな風潮がクラフトビールブームの主流ではあるが、ベアレン醸造所はそれらの戦略には乗っていない。

ビール祭りやコンテストにはほとんど出展することはなく、他のメジャーな醸造所と比べクラフトビールのお店で見かけることも少ない。

筆者の周りのクラフトビール愛好家にベアレン醸造所の印象を聞いてみたが、「美味いのは知っているけど、あんまり飲む機会はないかも……」という返答が大半を占めていた。


嶌田さん:日本のクラフトビールの世界ってまだまだ始まったばかりだと思うので、いろんなアプローチや楽しみ方があっていいんじゃないかと思うんです。だから、今のクラフトビール好きの人たちの楽しみ方もひとつだと思いますし、ボクらみたいなアプローチもひとつだと思うので、その違いみたいなものを楽しんでもらうっていうか。

だから違和感があるのは「なんでビアフェス来ないんですか?」とか「なんでコンテスト出さないんですか?」とかとか長い物に巻こうとするのか(苦笑)

「なんでみんな一緒にやっているのにベアレンさんは一緒じゃないんですか?」って言われますけど、どうして一緒じゃなきゃいけないのか、と。(一緒にやる事に対して)別に批判も否定も何もしてないんですけど。

いろんなやり方があって、その方が将来的にはクラフトビールも面白い世界になるんじゃないかと思いますし。その辺(いろいろと言われること)は、ちょっと違和感はありますけど、でもそこは「面白い事をやってるな、ベアレンって」と思ってくれたら嬉しいですね。


【「岩手にビアライゼしに来て欲しい」】

この考えを原点として考えてみると、来て欲しいのはベアレン醸造所のある岩手県なのにも関わらず「関東のイベントに出展してください」などと言われるのには違和感を感じてしまうところである。

「関東でベアレンを飲みたい」という気持ちはよくわかるのだが、あくまでベアレン醸造所の軸はビアライゼを伴った活動にあるからだ。


嶌田さん:岩手に来てベアレンを飲むってことは、例えば出来立てを飲むとか、いろんな種類を直営店で飲むってことだけじゃなくて、そこでベアレンを楽しんでる人たちと一緒に飲むとか、地元の人たちが作ってるベアレンの世界観みたいなものを感じる、みたいなものとか。そういうのを楽しんでもらえるんじゃないかなってのもありますね。



【自分が思いもつかないようなものが出来てくる楽しみは持ってますね】

ベアレン醸造所は独自の世界観を大切にしているが、それはデザイン面にも表れている。近年は岩手県内に拠点を置く「マルツ工房」がメインのデザインを行うことが多いが、その他のデザイナーが関わることもある。

企業にとってブランドイメージの構築は、関わる人が増えるほど「船頭多くして船山に登る」よろしくバランスを失うのもあっという間だ。

しかしベアレンは、デザインだけではなく、各種イベントなどもコラボレーション的に様々な人や団体と交わる事も多い。唯一の共通点として「岩手」が据えられてはいるものの、ブランドイメージを大事にするならば、さぞかしディレクションも大変なのではないだろうか?


嶌田さん:岩手とか地元っていう部分では関わって行きたいとは思うし、デザインとかだけでなくても、食べ物とかもそうだし、いろんな作り手なんかもそうだし、「関わり」がフックになって何か一緒にできることがあればいいなあ、とは思いますね。

岩手で作って行く世界観っていうのには、「こんな風になりたい」みたいな明確な形とか世界観ってのはあんまり持ってなくて、柔軟にみんなで作ってってもらえればいいんじゃないかなって思うんですよ。

だから積極的にいろんなものと、いろんな岩手の人とか物とか、いろんなことと関わって行って、いろんなチャレンジはして行きたいなと。その中でいろんな面白い事が出来てくる。

自分がね、思いもつかないようなものが出来てくるってことがあるんじゃないかなって楽しみは持ってますね。


【面白いアイディアとか新しく始めることなんかは、結構な確率で飲んだ時に出てきてる】

「自分が思いつかないものに対する楽しみ」と伺って、『つなぐビール』の「岩手県内全市町村でイベントを開催」(P152)のお話を思い出していた。

詳しい内容は割愛するが、このミーティングに嶌田さんは自信あるアイディアを携えて臨むのだのだが、スタッフ達から少しずつ
意見が出されるにつれ、徐々に自身の主張が崩され、満を持してお披露目しようと目論んでいた腹案が出せなくなっていく……という、どこか落語っぽいエピソードだ。

「小さな会社は風通しがよく、社員の意見も通りやすい」

そんな言葉はよく聞くが、実際にできている会社はどのくらいあるだろう。そんな中で、ベアレン醸造所も小規模な会社ではあるが、聞き及ぶ範囲ではスタッフ間の伝達もスムースらしい。

実際のところ、会議やミーティングはどのように運ばれているのだろうか。そして、ベアレン醸造所には「酒の席での取り決めは有効」といったビール会社ならでは(?)のルールも存在するらしいが、どのように役立てられているのだろう。


嶌田さん:(ベアレンの社風は)自然とそんな風になってきてるんじゃないかと思いますね。

結講ルーティーンな事とか、事務処理みたいなことは、それはやっぱり(お酒が入った状態で決めるのは)難しいですけど、面白いアイディアとか新しく始めることなんかは、結構な確率で飲んだ時に出てきてるんじゃないかなって気がしますね。


シラフよりも酔っぱらった方が意見が出やすいのはわかる。でも、飲み過ぎると建設的なアイディアからは遠ざかる。そのさじ加減はどうしているのか。


嶌田さん:そうですね……、あんまり最初は出にくいし、あんまり酔いすぎてもね(苦笑)
その意味では、開始1時間前後くらいがいい感じがしますね(笑)

ただなんだろ……、「今日はアイディア出しだから」とかって飲むって感じは無いですね。開発会議とか何かアイディア出し会議とかってのは無いんですよ。

だから飲んでる時も普通に飲んでて、何となく普通にそういう話題になって「あー、それ面白いね。やってみようよ」とかって感じが多いですね。
なので、会議に比べて飲み会が多いんでしょうね。

特に直営店が今では4店舗にもなっているんですが、そうすると大体居ますからね、誰かしらね(笑)
(お店に飲みに行くと)なんかついね、スタッフ同士で飲むとついつい仕事の話になって……仕事の話っていうか業務連絡とか、会社の話になって。

例えば「今度の工場のビール祭りどうするんですか?」なんて言ってたら、意見出しの場になったり。飲んだときには話しやすいなんてのもあったりするんじゃないですかね。


【意図的にやろうと思うことは上手く行かないことが多いですからね(笑)】

ベアレン醸造所の代表的なビールと言えばクラシックである。

このビールのスタイルは、ドルトムンダーやエキスポートと呼ばれるラガービールで「コクと苦みのバランスが良く、飲み飽きることのない味わいが特徴のビール」(『つなぐビール』P203より。)として不動の一番人気の座を獲得している。そしてクラシックの周りを、スタンダードビールとして、シュヴァルツとアルト。季節限定のラードラーやヴァイツェンといったビールが布陣を固めている。

長年掛けてこの布陣を獲得してきたとは思うのだが、創業20周年を超えた今、そろそろクラシック以外の第二第三の大黒柱を開発しようとは考えないのだろうか?


嶌田さん:どうですかねぇ……あんまりないですね(苦笑)

ただ、自然とお客さんの中でムーブメントや人気が出てくれば、それはそれでありがたいことだなってのはありますけど。
結構なんか、割と意図的にやろうと思うことは上手く行かないことが多いですからね(笑)


嶌田さんの著書『つなぐビール』は、ベアレン創成期からの歴史を綴っている本なのだが、その中で「クラシックは柱となるべくしてなった」といったニュアンスの描写もあったが、それも偶然の産物だったのだろうか。


嶌田さん:結果論ではあるかもしれないですね。
最初の頃はコローニアもありましたし、ヴィットもありましたし。

創業間もない頃は、どれが柱になるのかってのはわからなかったってところはあるし、特にクラシック……例えば、宣伝・広告を出す時とかもクラシックばっかりメインで出したりとかとかってのはなかったので。


【これからも岩手をバックボーンに】

序盤で『ビアライゼは、単純にビールを求めて酔っぱらうためだけの「はしご酒」が目的ではなく、その街の風土を知り、人を知るという目的も含むらしい。
と書いたが、ベアレン醸造所が「これから」目指す先も、この点に集約されるのだろうか。


嶌田さん:これまでは岩手をベースにして、岩手密着でやってきてるんですけど、それは今後も突き詰めていきたいなってのはあるんですよね。まだまだ岩手の中でも知らない人とか、飲んだ事無い人とか沢山居ますし。

盛岡ではある程度浸透してきた印象はありますけど、盛岡を離れるとまだまだ少ないってのはあります。

まだまだ岩手を深めて行きたいとは思いつつも、もうちょっと先のステップでは、岩手というバックボーンをしっかりとしたものにしつつ、それを背景にいろいろ全国なり、世界なりってのは見て行きたいってのはありますね。ただそこにはやっぱりボクらには岩手県ってバックボーンは絶対必要だろうなってのは思ってますね。


「ベアレンを知ったから岩手を、岩手の名産を知る」その逆もまた然り。岩手の拠点・ハブとして機能するイメージがそこには備わっているのだという。


嶌田さん:例えば日本のずっと遠い、岩手から遠く離れた町でベアレンを飲んだ人が「へー、なんかこのビールって岩手でスゴい飲まれてるらしいよ?」って。「岩手の人ってこのビールばっかり飲んでるらしいよ?」みたいな。そしたら面白いなあと。で、「なんか、岩手ってさあ、こーゆー食べ物があってさあ、行ってみたいなあ」なんて。じゃあ行ってみようって話になって、行ってみたらホント良かったねなんてね。

実際ボク自身もドイツビールがそんな感じでしたから。

日本で飲んでて、例えばラオホとか飲んで、「あー、バンベルク(ラオホ発祥の地)行ってみたいね」なんて。スゴい奇麗な写真とか見たら「スゴい奇麗な街だねー」なんて言って。街じゅうにはスゴい沢山ビール会社があって。実際行くとホントにスゴいね、美味しいねなんて言いながらね。

日本で飲むとそう味が変わらなかったりするのかもしれないんですけど、やっぱり現地で飲むとひと味も違うっていうね。そんな感動を味わって来れて。

「地元の人ってホントに普段からラオホばっかり飲んでるんだ」なんて見て感動してくるとかね。

そんな感じのそういうのもだから、岩手にもボクらがそんな土地を作れたらいいなってのはありますよね。


【エピローグ】

ベアレン醸造所の直営店がある盛岡市材木町では、<よ市>という夕市が、春から初冬の毎週土曜日に開催されている。この催しではベアレン醸造所でも店頭にブースを出し、3時間半で1000杯以上のビールを売りさばくそうだ。実に12.6秒に1杯ペースである。この数字は、東北の地方都市のイベントとしては異例ではないだろうか。それも毎週の数字でだ。

さらに、来客のほとんどが地元住民であろうことは、実際に<よ市>に参加してみるとよくわかる。関東圏などで行われているビール祭りやコンテストなどと比べても年齢層は高めで、話をすれば盛岡訛の会話の遭遇率も高い。

すでに、“岩手ビアライゼ計画
”の基盤はできていると感じてしまうのだが、嶌田さんとしてはまだまだ盤石な手応えを感じていないのだろう。

2016年時点では、どうしても「クラフトビールブームの中のベアレン醸造所」として、他の「クラフトビール醸造所」と比較されることは避けられないかもしれない。

クラフトビールブームが、ビール祭り・コンテスト中心の流れから次のステージに移った時、ベアレン醸造所の足跡がどのような評価を受けるのか楽しみでならない。




[2016.8.23記]

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