韮山が誇るブルワリー"反射炉ビヤ"の魅力

「反射炉まで走ってました!」
これはビール好きと仲良くなれる魔法の言葉だ。

ビール界で反射炉と言えば静岡県の「反射炉ビヤ」のことである。1996年以降、伊豆半島の良質な水を使用し、伝統的だが個性の溢れるビールを造り続けている。全国にファンの多いブルワリーだ。

反射炉とは江戸時代後期、幕末と呼ばれる時代に外国船に対する海防の観点から必要とされた洋式大砲の鋳造施設のことである。当時は日本各地に存在したが、現存しているのは山口の萩反射炉と静岡の韮山反射炉の二つ。2015年には世界遺産に登録されたので、ご存知の方もいるかもしれない。

私は韮山反射炉から歩いて30分、走れば10分程の所にある高校に3年間通っていた。中学生の頃に初めて遠足で訪れ、高校に入学して間もなく校外活動で立ち寄り、テスト期間で部活ができないときはトレーニングがてら反射炉まで走ったものだ。しかし、まさか当時はそこで`地ビール`なるものが造られているとは知る由もなかった。それでも私は反射炉ビヤの麓、韮山という土地で過ごしたことを誇りに感じずにはいられない。

静岡から遥か彼方の九州の地でも反射炉ビヤのビールを樽生で飲める店があり、山陰でも関西でも東京でも東北でも日本全国どこに行っても、ビール好きの人と話すと「反射炉まで走ってました!」が通ずるのは、何ものにも代えがたい喜びである。言ってみればそう、自分の母校が甲子園出場の常連校だと誇らしげになっているどこぞの親父のような気分なのかもしれない。

反射炉ビヤの定番・準定番銘柄

反射炉ビヤは3種の定番ビール・2種の準定番ビールに加え、期間限定のビールを随時販売している。まずは、定番・準定番銘柄をご紹介しよう。

<定番銘柄>
●太郎左衛門(イングリッシュペールエール)
●早雲(アメリカンペールエール)
●頼朝(ポーター)

日本史好きの方はお気づきだろうが、定番銘柄はどれも伊豆に縁のある人物に名前を借りている。韮山反射炉の建造を進めた「江川太郎左衛門」、戦国時代に伊豆国を統治した「北条早雲」、伊豆に流され後に挙兵した「源頼朝」。定番銘柄全てに歴史上の人物の名前を使用しているのは反射炉ビヤだけではないだろうか。

地ビールデビューを反射炉ビヤで果たす方には、ぜひ「太郎左衛門」と「早雲」を飲み比べてみてほしい。どちらも大きく分類すると"ペールエール”というスタイルに該当するが、ビールに香りや苦味をもたらす原料「ホップ」がイギリス産かアメリカ産かという違いがあり、自分の好みを判別する指標の一つになるかもしれない。

「頼朝」のポーターというのは俗に言う黒ビールの一種だが、有名なギネス(スタウト)とは発祥や原料が異なる。ポーターについてはこちらの記事が詳しいのでご参考までに。⇒ https://japanbeertimes.com/2011/11/the-porter/?mode=ja

<準定番銘柄>
●大吟醸 政子(清酒酵母ビール)
●農兵スチーム(カリフォルニアコモン)

準定番銘柄の1つは、ビール酵母の代わりに清酒酵母を使って醸造された「大吟醸 政子」。名前の由来は勿論、頼朝と結ばれた北条政子である。清酒酵母のビールは日本独特のスタイルで、松江ビアへるんの「おろち」が有名所の一つ。日本酒のフルーティーな香りと同時に麦芽100%のビールらしさを感じられる、酒好きにはもってこいの一杯だ。

もう1つの「農兵スチーム」は、アメリカのクラフトビールブームを牽引したAnchor Brewingが生み出したカリフォルニアコモンというスタイルのビールだ。日本ではあまり造られないスタイルで、私もAnchor Steamと農兵スチームしか飲んだことがない。エール特有の華やかな香りを持ちつつ、喉越しがいい。日本人好みのスタイルかもしれない。

反射炉ビヤの限定銘柄

20年以上の歴史がある反射炉ビヤの限定銘柄は把握しきれないほど多い。ここでは最近飲んだ中から個人的にオススメしたい銘柄を2つ紹介させて頂く。

1.お茶屋さんのほうじ茶エール

反射炉ビヤを運営する株式会社蔵屋鳴沢は、ビール事業を手がける40年前からお茶造りを行っている。ブランド名は「伊豆韮山反射炉 茶の庵」。そこで製造販売されているほうじ茶を副原料に造られているのが「お茶屋さんのほうじ茶エール」だ。

お茶×ビール。これまた癖のある味だと思われるかもしれないが、焙煎され香ばしさのついたほうじ茶とビールの相性は非常によく、手がけるブルワリーもちらほらと見かける。

今回で第三弾となる反射炉ビヤのほうじ茶エールは、イングリッシュペールエールをベースに造られており「太郎左衛門」が気に入った方にはぜひこちらも試してみて欲しい。実家に帰った時にゆっくり一息つきながら飲みたくなる一杯だ。

2.駿河湾の井田塩ゴーゼ

その名の通り、駿河湾沿いの沼津市井田で生産された塩を加えて醸造されたゴーゼスタイルのビールである。ゴーゼは塩、小麦麦芽、コリアンダーを使用して作られるサワー系のエールで、乳酸発酵による酸味を特徴の一つとするドイツの伝統的なスタイル。

同じく乳酸発酵されているランビックに似て、モルト感やホップ感はほとんど感じない。心地よい塩気があり、暑い夏に喉の渇きを潤すのにピッタリのビールだ。丁度この前、全国的な猛暑日の昼間に東中野のセレクトショップ「VINSY」で飲ませて頂き、爽快感を身に覚えたのは記憶に新しい。

井田塩は高校の同級生の親戚・家族が作っているようで、個人的にも応援したく、限定銘柄の定番としても残っていって欲しいビールだ。

今回紹介した限定醸造の両銘柄は、地元で作られたものを材料に使っているのが共通点だ。地方のブルワリーには、こうした取り組みというか地域色を活かしたビールを造っているところが少なくない。地ビールがその地域の一次産業を盛り上げ、地域経済を動かしていく未来が想像できる。

地域愛・地元愛というのはその土地やその土地の何かに対する誇りから生じるものだと私は思う。その誇りを感じるきっかけが私にとってはビールだった。地方のブルワリーを応援することで、微力ながらも地方創生を後押ししたいものである。

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