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勇気をくれるね~キング・カズ(2011.3.29復興支援チャリティマッチ)

カズのことが好きでない方も、「さすが」と唸るしかない、プレー。

キング・カズのキングたる所以。日本のサッカーにおけるミスター長嶋。

スポーツジャーナリスト二宮清純をして、「時代がスターを作るのか、スターが時代を作るのか」、カズ選手はまさに日本にサッカー文化を根付かせた立役者であり、文字通りスタープレイヤーだ。と語っていた。

先日、名波浩のナンバーワン ぶれない心を持つ男 三浦知良 でも取り上げた東日本大震災のチャリティマッチでのゴールだ。

これは神戸時代からの積み重ね、プロサッカー選手としての日本トップのブレない意識、そしてその長い経験をしても、サッカーって必要なのかと自問してしまうほどの未曾有の震災を受けての「サッカー人として」への寄稿、そのような背景があり生まれたサッカーの神様が宿ったゴールなのです。


神戸時代~震災直後サッカー人として

これはヴィッセル神戸時代の03年から続けている活動で、横浜FCに移籍した05年以来、実に3年ぶりの活動となった。

ネットの記事では見当たらないが、ホームタウン、地域との共生であり、阪神大震災の当地である神戸に対し、カズさんなりに開始した活動だったと記憶している。

そして、サッカー人として2011年3月25日付け日経新聞より

生きているとはどういうことなのだろう。サッカーをする意味とは何なのだろう。見つめ直さずにはいられない日々のなか、思わず頭をよぎったのは「今のオレ、価値がないよな」。試合がなくなり、見に来る観客がいなければ、僕の存在意義もない。プロにとってお客さんがいかに大切か、改めて学んでもいる。

 サッカーをやっている場合じゃないよなと思う。震災の悲惨な現実を前にすると、サッカーが「なくてもいいもの」にみえる。医者に食料、必要なものから優先順位を付けていけば、スポーツは一番に要らなくなりそうだ。でも、僕はサッカーが娯楽を超えた存在だと信じている。人間が成長する過程で、勉強と同じくらい大事なものが学べる、「あった方がいいもの」のはずだと。
 こんなことを言える立場ではないけれども、いま大事なのは、これから生きていくことだ。悲しみに打ちのめされるたびに、乗り越えてきたのが僕たち人間の歴史のはずだ。とても明るく生きていける状況じゃない。でも、何か明るい材料がなければ生きてはいけない。暗さではなく明るさを。2011年3月29日のチャリティーマッチ、Jリーグ選抜の僕らはみなさんに負けぬよう、全力で、必死に、真剣にプレーすることを誓う。

こんなに真面目過ぎるくらい真面目なコメントのカズは、珍しく試合前の公式会見でも真剣さだけを前面に出して臨んだのでした。

僕は、この試合をテレビで見ることだけを楽しみにしていたくらい、待ちわびていて、でも仕事が終わらず残業して

行きたくもない、付き合いだけの学ぶことのない方々との飲み会にでて、このネット社会でもなんとか試合の情報を知らないように帰ることに全精力を出して

日付が変わった3月30日0時過ぎから、録画したこの試合を見ました。

日本代表、Team as Oneともに素晴らしい、動き、プレーの質でチャリティマッチにはない、Jリーグ、日本代表それ以上の、緊張感をもって、真剣にプレーしてくれていました。

1点目も、2点も代表らしい、高度なものでしたし、かといってTeam as Oneも競り負けない、見ていて楽しいものでした。

後半10分過ぎでしょうか、ベンチのカズさんが映し出されると(恐らく会場も同様)、場内がざわめきはじめます。

そして、ウォームアップウエアを脱ぎ、いよいよ出る雰囲気が出てくると、場内から割れんばかりのカズコール(コールはカズゴールですが)が起こります。

後半16分交代出場、その後もコールは鳴りやみません。

その存在の大きさが、観客の求めるものの大きさが、それだけで伝わってきて、既に鳥肌から感動モードです。

ファーストタッチ、体当たりのプレー、走るのが遅くなっていても諦めないで追う姿勢に場内もどよめきで呼応します。

そして、後半36分、自陣内のバックパスで、一旦スローダウンするような感じから、縦パスが一本入ります。

正確にはカズではなく、闘莉王選手が競るにちょうどよい位置へ落ちるその場所のボールが、きっと自分のところに来ると信じて、カズは前に走り出します。

天性の嗅覚。

この瞬間マークしていたDFは置き去りにしており、裏を取られたことで、一瞬動き出しが遅くなり、彼は脱落、もう1人のDFが右の視界に入っていたかもしれませんが、

この時すでに、トラップせずに、キーパーとの間合いを見ながら一瞬で流し込む技術

技術、確かにこれは紛れもない技術です。

ですが、カズさんのそれは、経験がすべて凝縮されたゴールだったと思うのです。

自分が求められる役割はたった一つ、ゴールを見せること、そこに精神を集中させ、ここだという一瞬で、日本代表のDFを抜き去る、もしくは、何某かで打開してゴールする、そのイメージが、あのロングボールが出た瞬間にイメージ出来ていて、

そして、絶対にミスをしてはいけない、最後といっても過言ではない、ワンチャンスを、華麗なまでの身のこなし、ノートラップ、バウンドあり、完ぺきな間合い、完ぺきな軌道ではなったとのです。

この時、カズさんは、僕の中だけでなく、恐らくスタジアム中の人々にとって、シンボル(象徴)というか神格化というか、千両役者というか、スーパースターたる所以という唯一無二の存在となったのです。

このゴールは、一部やらせ的な声や簡単なゴールだという意見もありました。

僕は仮にそうだとしても構わないとさえ思っています。

ただ、最高のお膳立てがあったとして、あのシチュエーションのあのボールに、あんな完ぺきなタイミングでやらせゴールができるでしょうか。

そして、このゴールに付随する、あの伝説のカズダンスをおさめようとするしたテレビカメラがそこで自然発生することを予期できずにブレ、また追いかけたスポーツのカメラマンが、カズさんの動きに翻弄される光景が、やらせで、あんな風に起こるのでしょうか。

カズさんは、ゴールを決めた後、おそらく長居だからというのもあると思いますがいつもより、グラウンドからは離れたところ、つまりスタンドに近い方まで走っていき、そのままのリズムで、いや正確には往年のままのリズムで、ダンスに入る前からのリズム込みで、フルバージョンでやってくれ、そして震える拳を、指を天に突き上げたのです。

解説も最高でした。若干興奮と鳥肌と、元同僚世代から、心から出た「いや~勇気をくれるね~」が出て、僕は涙が止まらなくなり、

(カメラマン、スイッチャー、編集最高)スタジアム中で、喜んで、抱き合って、見ず知らずの人ともハイタッチして、そして泣いて、を見て、号泣。

カズさんがセンターサークルに戻ってきて、スタジアムに向かって、声援ありがとうの拍手をしたときの、どよめきに、そして、元々敵味方はないのでしょうが、本当の意味でスタジアム全体からのカズコールで、嗚咽。

人生稀に見る好ゲームに感動し、少し震災から気持ちをプラスにもっていける、そんな真夜中の録画再生となりました。

間違いなく、カズさんの最高のゴールの1つです。



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