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ボードゲームが再販されないわけ(Why don’t they just reprint it?)

本記事は、Morten Monrad Pedersen氏が2022年5月17日に投稿した「Why don’t they just reprint it?」の翻訳である。

Morten Monrad Pedersenは、デンマーク在住のボードゲームデザイナー。Automa Factoryの創設者でもあり、Automaを用いたソロルールを制作することが最も有名である。Stonemaier Gamesのソロルールを手がけている。最近、「テラミスティカ:拡張 オートマソロボックス」が発売された。

本記事は、彼がBGGで公開しているブログ記事を翻訳したものである。よく言われているような話であるし、当然のこととも思われるが、まとまって述べられたものとして翻訳する意義があるように思えた。

元記事は以下のリンク先を参照されたい。ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリー機能を利用させていただいた。なお、元記事中の絵文字は取り除いている。

おそらくこんなスレッドを見たことがあるだろう。5人が絶版となったゲームを購入したいと話していて、最後には"なんで再販しないんだよ"という感じに終わるBGGのスレッドだ。

一見したところ、これは合理的な疑問だ。最初の印刷作業で全ての作業は完了している。じゃあ、基本的には"印刷"ボタンを叩くだけならば、なぜ、せっかくの金儲けのチャンスを無駄にするんだろうか。

しかし、物事はそこまで単純ではない。それに、(直接、製造や物流には関わったことがないとはいえ)何年かボードゲーム業界で働いてきた者として、何度もその回答を書きたいと思ってきたが、再販しない理由には多様な要因があることから、答えを書くには長い時間をかかってしまうとわかった。「A Gentle Rain」というゲームにおいて、この疑問が出たところで、ついに重い腰を上げて(caved in)、このことに関するブログ記事を書くために時間を取ることとしたよ。

最小印刷数と需要の測定

ボードゲームの製造方法を考えると、利益を上げるためにボードゲーム1部当たりのコストを十分に抑えるための最小印刷数というものがある。これは、通常1500部から2000部の範囲となる。

BGGのスレッド上の5人がゲームを買いたいと言ったからといって、どのくらいの人たちが再販された時にゲームを買ってくれるか、ほとんど情報が得られない。まず、買いたいと言っていたとしても、そのゲームが入手可能となった際に、実際に買ってくれるかは別次元の話だ。そのゲームが市場に出回った時には、既に興味を失っている人もいるかもしれないし、生活や経済状況が変化している人もいるかもしれない。そして、5人全員が購入してくれたとしても、5部の売上では、再販を正当化するには不十分なわけだ。

そしたら、5人が書き込みをしてしまうくらいゲームを欲しがっていれば、黙ったままの人も多くいるだろうし、BGGにいないだけで欲しがっている人もいるんじゃないかと推測することは合理的にみえる。では、5人を超えて何人の人が購入してくれるというのか。まぁ、断言するのはかなり困難だし、1500部を売る必要があって倍率が300倍(※1500部/5人)のところに、大金を賭けるのはかなり慎重になるだろう。仮に、うまく見込みがついた時でさえも、ボードゲーム業界の大部分を占める小規模出版社は、十分な経験を持ち合わせていないため、再販することはできない。

リードタイムとキャッシュフロー

ゲームが入手可能となった時に、みんなの興味がなくなって買わなくなってしまう要因の1つには、予想している以上に製造におけるリードタイム(※商品の発注から納品に至るまでの生産や輸送などにかかる時間のこと)が長くなってしまうということがある。私の知る限り、少なくとも4か月はかかり、6か月になることも多い。感染症の拡大のせいで、その期間は更に長くなり予想つかないものとなっている。

リードタイムが長いことに伴う主な問題は、みんなが興味を失うことではなくて、お金なんだ。この話の口火を切るのはキャッシュフローというわけだ。

出版社は、様々な費用を前払いしている。製造費が10ドルで、印刷部数を2000部(希望小売価格50ドルから60ドルに相当する)とすると、総費用は20,000ドルとなり、これに輸送と物流の費用が加わる。輸送と物流の費用は安くはないし、ここ数年の感染症拡大下においては恐ろしい(horrible)額になった。輸送費用は10倍に迫るほど高くなったと聞いたことがある。

仮に、1ドルも稼げないまま、大体4か月から8か月の間に40000ドルを支払うことになったとしよう。これは、利益の少ない事業区分(business segment)に属する小規模の会社にとっては手のつけることができない大金だ。そして、殆どのボードゲーム出版社はそういった規模というわけだ。私の知る限り、大半のボードゲーム出版社は1人か2人で運営していて、副業やパートタイムの仕事として経営されてることが多い。

その上、出版社は、その時点で、問題となっている(※再販してほしいと話されている)ゲーム以外のゲームを、様々な印刷部数で製造しているかもしれない。そうすると、(※出版社は、複数のゲームを並行して製作を計画しているかもしれないわけで)私たちが問題にしているのは、(※1つのゲームの制作費用だけでなく、複数のゲームの制作が関わる)1つのゲームに関連した数十万ドルに及ぶ話かもしれず、多くのボードゲーム出版社にとっては莫大な金額の話なのである(※EL-COさんから、翻訳についてご指摘いただいた。誠に感謝)。

印刷部数というリスク

ボードゲーム製造と販売(distribution)は、全くリスクがないわけではないし、印刷をするたびにうまくいかないことがある。輸送中に大半のゲームが潰れたとか、カビのせいで同じくらいゲームがダメになったとかいう話を読んだことがある。また、製造業者が、コスト削減のためとか、ほかの工場に外注したからとかといった理由で、従前の印刷よりも低品質で新しい印刷をかけることも起こり得る。もし、こういった費用(※再生産せざるを得なかった場合も想定される)を負担したくないとして、中国国外の小規模出版社が(そうしたミスによる)費用を中国の工場に負担させようとするなら、それはご愁傷様(good luck)ということだね(※これまた、EL-COさんから翻訳についてご助言いただいた。誠に感謝。)。

盗難やコンテナ船から全てのコンテナが吹き飛ばされる、こういったことが1000個以上のコンテナについて起こる。もちろん、これが起こるのは、輸送中のコンテナの全数に比べるとごくわずかであるが(a drop in the sea)、私の知る限り、少なくとも1つのボードゲーム出版社で起こった話だ。

関連した話をすると、Stonemaier Gamesでは、ゲームを積み込んだコンテナ数個が、私の記憶では数ヶ月間、他のコンテナの下に隠れて消えたことがある。(※ゲームが)破損したわけではないが、大半の人が考慮することのないであろう理由により、通常よりも長い期間、お金を動かせなかった。別の事例では、100,000ドル以上の製品を積み込んだコンテナが単純に消え失せたことがある。保険によって損失が補填されたが、更に数か月間、資金を動かせなかったことになる。

Rolling Realms」は他のコンテナの下に埋もれてしまった。
クレジット: Stonemaier Games

どれくらいのスピードで製品を売り切ることができるか。

前払いをすることになるので、出版社は、半年間、資金を動かせないというだけではない。すぐに製品が売り切れないと、更に長い期間、資金を動かせないということもある。そして、倉庫にある売れ残った製品により、毎月、倉庫代が発生することになる。つまり、資金を動かせないというだけでなく、追加の費用が発生するわけだ。

もし、そのゲームが期待していたほど売れなかった場合、状況は悪化する。値段と印刷部数によって、どの程度の割合までゲームが売れないと赤字にならないか(breakeven)は異なってくる。しかし、便宜的に、概ね印刷部数の半分と考えておけば、大きく外れることはない。

そうすると、先ほどお話したとおり、需要の把握は困難であるので、簡単に起こり得ることだが、半分未満しか売れなかった場合、その印刷部数のせいで出版社の資金は動かせなくなるだけでなく、損失も生むことになる。

需要の把握が困難な一方で、初版を売り切るのに2年かかるということがわかっているかもしれない。そうなってくると、何か特別なことが起こらない限り、同じ部数で再販してもそれより早く売り切れたり、全て売り切ったりできそうにはない。

たとえ、初版を売り切るのにそんなに時間がかからなかったとしても、印刷部数全てを売り切る最終段階において(the last part of the print runs life cycle)、多くの小売店やディストリビューターが在庫の補充をためらっている姿を見ているかもしれない。そうすると、出版社は、再販してもあまり売れなだろうと合理的に判断する可能性がある。

もし、こういった事情のどちらかが当てはまる場合、キャッシュフローが苦しくなり、最小印刷部数の問題が生じることから、再販する意味はほとんどない。

人手

資金面での制限に加えて、出版社は人手にも限りがある。そうなると、出版社はどこに時間をかけるか優先順位をつけなければならない。

最初の印刷の後では全てが整っているから、再販することは基本的にボタンを押すだけのように見えるかもしれない。けれども、そうではない。製造業者との連絡や調整があるし、物流のほうは、初版だろうが10版だろうが基本的に同じだ。

もちろん、誰かを雇うことも選択肢の1つだ。けど、その人の給与を支払うために十分な収益を増加させる必要があるし、その雇った人の労働から得られる収益(money)というのは、製造と輸送のせいで同じく4か月から8か月遅れることになる。それに、雇った人の労働によって、その人の給与を賄うだけの十分な収入を得られる時に達するには、その更に先の将来になってしまう。

そういうわけで、そういった負担がいとも簡単に、1年分の給与となる可能性がある。これに加えて、雇った人が担当するプロジェクトによって動かせなくなる資金がキャッシュフローを圧迫することとなる。

こういった問題を除いても、身につけるべき多くのルールと、望まないであろう種類の余計な業務が増えることから、多くの小規模出版社は、人を雇いたいとは思ってない。

優先順位

こういった問題のせいで、複数のゲームを取り扱う多くの出版社は、どの作品を優先すべきかについて決断をしなければならない。

たとえ、ゲームを再販して元がとれると推測した場合であっても、もっと短い期間で、注ぎ込んだ1ドル当たりの収益が多いと見込まれることから、別のゲームを印刷したほうが合理的な場合もある。したがって、資金も人手も限られた会社にとって、利益の出る可能性を秘めた(potentially)ゲームを再販することは、誤った決断になるかもしれない。熱心に経営している会社ばかりの業界について話しているところで、再販は、出版社が新しいゲームを出版する方が楽しいだとか、どのくらいそのゲームが好きかで再販するゲームを選んでいるとかといった単純な理由のせいで見送られることになるかもしれない。

(一時的に)再販できなくなってしまう

今までの話は、出版社が再販できることを前提としているが、時として、そもそも再販ができないという場合がある。

これと関連するのが、Victory Point Gamesの話で、2つの意味で興味深いケーススタディを提供してくれる。まず、Victory Point Gamesは、デザイナーが権利を取り戻したことから、2つのゲームについて再販する権利を失ってしまった。2つ目に、Victory Point Gamesは、注文に応じる形で(on demand)印刷をしていたが、工場での大量印刷を行うための標準的な印刷手法に切り替えるために設備を全て売り払ってしまい、ファイルを今までのプロセスから別のプロセスに変換するのに多大な労力がかかってしまうことから、カタログのほぼ全ての製品について再販できなくなってしまった。

IP(Intellectual Property, ※知的財産)に関する権利を失ったり、そのライセンス料を支払ったりすることも、もはや再販をしない理由となり得る。Games WorkshopのIPに基づくFantasy Flight Gamesの全商品は、そういった理由から絶版になってしまったし、同じ理由で、「Gears of War」のボードゲームも絶版になった。

ある製造業者から別の製造業者に移転することは、様々な理由から起こることだが、全てのファイルについて再フォーマットが必要となるかもしれない。他の製造上の理由として、用具が破損してしまったり、鋳型が通常の耐用年数を経過してしまい、作り直さなければならなくなったりするといったこともあり得る。

ほかに再販しない理由として、コンポーネントに関係するものもあり得る。この投稿を書くことになったきっかけのスレッドでは、「A Gentle Rain」がなぜ再販されなかったのかということと、そのゲームでは、コンポーネントの問題がいくつかあって修正のための変更が必要になるだろうという説明が書き込まれていた。つまり、出版社は、同じ欠陥のある製品を製造するか、再販のコストよりも高い出費(をして欠陥を修正するか)を行うかという話だった。

「A Gentle Rain」は、タイルによりできた穴にディスクがはまらず、タイルのアートワークと整合しなかった。それでもなお、良いゲームである。

ソフトウェアの問題も、ゲームが再販されない理由になる。例えば、バックアップのやり方が悪いとか、そのファイルが作成された忌々しい(effing)ソフトウェアを把握している唯一の社員が辞めてしまったとか、Windowsのアップデート後に、そのソフトウェアが一切起動しなくなったとか、ランサムウェアとかがある。

2021年9月かそれ以前に始まり、極めて成功を収めた「Keyforge」の休止は、私の知る限り、8か月経った今でも継続している。出版社であるFantasy Flight Gamesによれば、データの損失により引き起こされており、そのせいでゲームのユニークデッキを作り出すアルゴリズムが使用出来なくなってしまったということだ。業界のベテランであるStephen Buonocore(Stronghold Gamesの創設者)は、データの損失は、ランサムウェアによる攻撃のせいで起こってしまったと述べている。

もちろん、こういったことは全て珍しいケースだが、まさに起きてしまっているわけだ。

外から眺めていると

多くの他の事柄と同じように、外からは単純に見えるようなことは、中から見ると複雑なものである。これは、ある種のダニング=クルーガー効果の良性版のようなもので、みんなが陥ることだと思う。私だってそうだとわかってるさ。物事を知らなければ知らないほど単純に見えてしまうし、学べば学ぶほどそれまでは見えていなかった複雑さがますますわかってくるものだ。

以上

※本記事と関連する記事として、以下のものがある。

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