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掲示板で出会ったひと はちにんめ⑨

なんだか、空気椅子みたい、と思うときがある。

それは例えば、何か言うときに発言の重さを考えてから口にだすということだったり、拒否されたとしてもだいじょうぶだろうかと自分に問いかけてから言葉を一気に吐き出すとき。

そんな風に、倒れないように自分の方に体重を残しておく。
そういう気持ち。

彼と会えなかったことはあるけれど、何かを拒否されたりしたことはない。
ただ、どうしても彼からは秘密の匂いがするのだ。
だからわたしは彼にすべてを預けられない。

彼はわたしがそう感じていることを知っていて、時々押し合い?みたいなことが起こる。

この前、約束していたけれど、彼の仕事でドタキャンになった。
半分覚悟していたからしょうがない。
悲しい気持ちのまま時間を過ごす必要もなく、近くの本屋を探して散策し、ひとりで中華料理屋で五目そばを食し、星乃珈琲店まで堪能した。

忙しい合間を縫って何往復か返信をくれた彼に、「仕事だからしょうがないよ」と返しつつ、「でも体が限界だから、他のひとでもいいからしたくなる前に連絡してね」と付け加えた。

そして、歩き疲れて帰ったわたしは、そのまま寝てしまった。
ひとり時間を楽しく過ごすことに慣れていて、ドタキャンされたことも早く連絡してねと言ったこともすっかり忘れてしまっていた。

明後日なら時間が取れそう、と連絡が来ていた。
普通のトーンで返信してしまい、彼の戸惑いを感じてから、やってしまったと思った。
おそらく凹んでいるであろうわたしに、彼は最大限優しくするつもりで仕事を調整して無理に時間を作ってくれたに違いなかった。

わたしが彼に全部を預けていたら、仕事でドタキャンする彼に優しくすることはできなかった。
けれど、その代わりに、リスケの提案をすごく喜べたかもしれない。

わたしは、そんな風に誰かに感情の上下を左右されるのはもういやだから、誰かにすべてを預ける必要なんてないんじゃないかと思っている。
そして、それでも彼は特別な存在なのだから、もういいじゃないかと思う。

他の誰かとわたしが仲良くしたとしても、それは変わらない。
変わらないことにわたしは困っているのに、彼にはそれがわからないのだ。

「なんで他のひととしちゃだめなの?」
と聞くと、手に力がこもるのがわかる。
「他のひととしたいの?」
低くて硬い声だ。

違うよ、誰でもいいんだよ。
というわたしを見る目が少し悲しそうで、他人事のようにかわいそうだなと思う。
たぶん、かわいそうなのはわたしなんだろうなと思う。

「他のひとと会うなら、会わない」
という彼の頑なさを、不思議に思う。
だって、いつもの調子なら「こっそりにしてね」とか軽く返してくれそうなのに、これだけはだめなのだった。
だからなのか、会っているときはひたすらにわたしを甘やかす。

だって、別につきあっているわけでもないしと思う。
面倒な女だと思われることは怖くない、というかすでに手遅れだ。
別に彼にコミットしたからといって、若い女性のように失うものはわたしにはもうない。
もともと何もなかったわたしに、彼が与えられたのだ。
傷つけるとか傷つけられるとか、それがいやなのだ。
そんな自分を見たくもないし、見せたくもない、誰かを傷つけたくもない。
そういうことから自由になって、その方が自分も相手も大事にできる気がする。

そのための空気椅子。
ずるいだろうか。

盲目的に好きでいることは本当にその人を見ていないと思う。
感情に呑まれると、それは過去の何かを相手に投影しているだけになって、自分と相手の今を見失ってしまう。

空気椅子が正解なのか不正解なのかよくわからないまま、彼と一緒にいる。
いつか答えが出るときが来るのかな。

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