ばれ☆おど!⑦
第7話 二つ名の持ち主
開いたロッカーの中から、シータが現れた。
シータはヨタヨタと可愛く歩きながら、捜索を始めた。
――あちこちで指紋の採取を行う。昼間の声の方向から緑子のロッカーの位置はすでに把握している。あとは指紋の特定だけだ。他のロッカーに付着している新しい指紋との照合データから、的確に緑子の指紋を特定していく。
翌日、シータは無事に落し物として、担当の教師に引き取られた。すでに紛失届が出されたシータである。連絡を受けた動物愛護部はシータを受け取るため、うるみを向かわせた。
「動物愛護部の漆原です。落し物を受け取りにまいりました」
うるみの妖精が優しく囁くような声に、心地よさを覚え、真珠のような白い素肌に目を奪われた担当教師は、一瞬言葉に詰まる。
「お、おう。動物愛護部の落し物だな。こ、これだ。受け取りたまえ。これにサインしてくれ」
うるみは受け取りのサインをして、シータを引き取った。
部室に戻ると、シータは動き始めた。相変わらず動きがヨタヨタしていて愛くるしい。
「早速だが、シータよ。首尾はどうだ?」
「源二兄様、上々です。必要な証拠はすべてそろいました」
「そうか。ご苦労! では、報告を受けよう」
「はい。まず、犯人と考えられる緑子さんと他の部員との会話から、彼女は、優秀なアーチェリーの技術の持ち主であることは、間違いありません。彼女はまだ大会に出ていないので、その技量はまだ部内に浸透しきっていないようです」
「ふむ。やはりだな」
「また、彼女のアーチェリー技術は未知数です。神業のようなことを、やってのける可能性は十分あります」
「わかった。あとは実際にあの矢は彼女が射込んだものなのか、その証拠だが」
「部室から一本矢が行方不明になっています。そこで、問題の彼女の指紋を、採取しておきました。信頼度は99.8%のデータです」
「おお、でかしたぞ」
「矢に付着した指紋の採取だと、部の所有物なので、他の人の指紋が多数ついていると思われます。そこで、手紙の方に付着した指紋と照合します」
「わかった。だが、矢もアーチェリー部の所有物なのかも確認したい。矢と手紙の両方を視てくれるか?」
「わかりました。では照合作業に取りかかります」
シータは手渡された矢と手紙から、詳しく指紋を採取し始めた。カン太はシータの目が読み取っている様を見て身震いする。他の者もひたすらその様子を見守っている。
照合作業は、一分もかからないうちに終了し、その愛くるしい体をヨタヨタさせながら、源二の方へ向ける。
「照合結果です。まず矢はアーチェリー部の部員の指紋が多数あるので、同部の所有物であると判定します」
「そうか。で、矢を打ち込んだのは?」
「矢文から検出された指紋と完全に一致しました。犯人は吾川緑子で間違いありません」
「でかしたぞ! シータ。後は本人に証拠を突きつけて自白させればいいな。ワハハハ……」
すると、源二はロッカーからポマードと櫛を取り出して髪を整え始めた。
あの超有名な『西部頭髪』が販売している『西部頭髪ポマード』を使って……。
「アカンよ。何事もまずは身だしなみだ! 漢(おとこ)はポマードで決める。ポマードを使ったスタイリングは、時代の最先端なのだ」
「あ……はい……」
カン太は思う。
(意外にこの人、オシャレなんだ)
身支度をすませた源二はさっそく、カン太の従妹である吾川緑子との接触を試みた。
吾川緑子。十五歳。中学時代にアーチェリー部の部長。紫がかった銀色の長い髪をツインテールにしている。妖しく悩まし気な灰色の瞳。小悪魔という言葉がよく似合う、ちょっと困ったような、誘うような表情が印象的な美少女である。
源二は部活の友達と一緒に帰宅中の緑子に、正面から声をかけた。
「練習お疲れ様でしたね。吾川緑子さん。手紙は確かに受け取りましたが、お気持ちにおこたえすることはできません。ごめんなさい」
そう告げると源二は頭を下げて、例の矢文を返そうとした。
「な、なによ!」
顔を真っ赤にして否定しにかかる緑子である。
「きゃー、ウソ!?」
「えー? ……緑子の趣味には口出ししないけど」
「緑子、大丈夫? もっとカッコイイ男子紹介するわよ」
と小声でささやく同級生は、完全に勘違いしている。
「ちょっと! 紛らわしい言い方しないでくれない!?」
緑子は耳まで真っ赤になっている。その理由が羞恥なのか怒りなのかは不明だ。
「いや、私にはそんなつもりは毛頭ない。ユーの要求を呑めないことを伝えに来ただけなのだが、それが何か?」
「なんの話よ! そんな手紙見たこともないし、いきなり失礼ね!」
「とぼけてもらっては困りますな。何なら筆跡鑑定するかね? 目撃者が多数いるのだよ。ユーも間抜けだね」
源二は『目撃者』などと、少しウソを混ぜて、泥を吐かせるつもりらしい。
「あれは間違えば、怪我人か死人が出るほどの大事件だ。こちらが穏便に済ませようとしているのに、とぼけるなら、先生に言うしかないな。下手すりゃ退学だが、よろしいかね?」
源二はさらに追い打ちをかける。
「……わかったわ。じゃあ場所を代えてくれるかしら? ちゃんと話すから」
◇ ◇ ◇
動物愛護部の部室で部員たちに取り囲まれた緑子は悪びれる様子もなく、源二の質問に淡々と答えていた。
「では、認めるんだな」
「しつこいわね。認めるわよ!! 認めるわ。認める! 認めまーす!!」
「ではその理由を聞こうか? なんでアカンが、コホン……、カン太君が我が部を退部しなきゃならないんだね?」
「それはね。カン太がその女にデレデレしているからよ!!」
そう言いながら、緑子はうるみを指さした。
「それはカン太君の趣味の問題だし、恋愛をする自由もあると思うぞ」
「それは、ダメなの……」
「は? 何故だ?」
「だって、………………カン太はね。カン太は私の許嫁だからよ!!!」
その一言にその場に居合わせた者たちは、フリーズしたPCのように全ての動作が止まり、その機能を失った。
「……………………………………………………」
長い沈黙を破ったのは源二だった。
「ユーの気持はよくわかった。だが、恋愛は勝負ごとと同じ、正々堂々と勝負してカン太を勝ち取れ! なんなら、ユーも我が部に入部して、カン太のそばから離れなければいい。もし、来てくれるなら歓迎するが?」
「ほんと? あれだけのことをした私を、受け入れてくれるの?」
緑子の目には涙が浮かんでいる。同時に希望の光が瞳の奥で揺らめいている。
「ああ、もちろんだ。仲間は多いほどよい」
「ありがとう……じゃあ、すぐ入部届出すね!」
「うむ。待ってるぞ」
部室を出ようとする緑子に源二は声をかける。
「ひとつ聞くが、ユーは窓際に人がいたら、怪我人が出ることくらい分かっていたのに、なぜ撃ってきた?」
「……怪我人? それはあり得ないわ。私は目をつむっても、なぜか狙った的に矢を100%命中させることができるの。不思議だけどできるの。でも、こんなことふつう信じられないでしょうけどね。フフフ……」
仄かに青味がかった彼女の灰色の瞳の奥には、妖しい炎がくすぶっている。
「そうか、どおりでな。ユーだったのか、噂は聞いている。確かユーの……」
「そうよ。私の二つ名は〝暗闇からの執行人〟」
(つづく)
ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです