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ばれ☆おど!⑥



 第6話 人工知能の推理力



 矢文の内容を読んだカン太は思う。
(誰なんだ? ちょっと前なら喜んだのに。でも、今は違うんだ)

「きっと、脅しだけだろう。一体何が目的だ? コイツは」
 源二も首を傾げる。
 そしてシータに問いかけた。
「シータ出番だ。この状況から、犯人の目的と犯人像について、推測してくれないか?」

「はい、源二兄様。現時点では材料があまりにも少ないため、予測もおおまかになりますが、よろしいですか?」

「うむ、それは構わない。頼む」

「では、まず犯人像からですが、かなりのアーチェリーの技術の持ち主です。わが校には、アーチェリー部があるので、その部員の誰かと思われます」

「その理由は?」

「窓ガラスからの進入角度です。単純に、あの壁の着弾点と窓ガラスの侵入口を結んだ先、どうなっていると思いますか?」

「校庭のどこかから、だろうな……」

「そうです。着弾点と通過した窓ガラスを結んだ先は、校庭しかありません」

 シータは続ける。
「しかも、その上下の高さの差から、百五十メートルほど先から約二十二度の角度をつけて、上向きに射出されたと考えるのが妥当でしょう。目立つ校庭の真ん中から打ち込む、などあり得ないからです。まず向かい側の木の陰から狙った、とみて間違いないでしょう。風などほかの不確定要素を考えると、これはほとんど神業、としか考えられないほどの技術です」

「うむ。あんな小さな窓に一発で決めているところからして、確かに神業と言えるな。しかし、これほどの腕の持ち主がいれば、我が校のアーチェリー部は、大会とかで相当良い成績を収めてるはずだが、そんな話は聞いたことがないぞ」

「そうです。犯人は何かの理由でその技術を使わずにいる、という事になります。それが犯人探しのヒントになるでしょう。例えば入学したばかりで、高校の大会にはまだ出ていないなどです」

「で、犯人の目的はどうだ?」

「こんな手の込んだことをするところを見ると、犯人は吾川様と顔見知りの間柄で、正体を知られたくない、ということになります。それと、吾川様が動物愛護部に在籍していることが、犯人にとってマイナスになる、ということ……以上の二点から推測すると、妥当なところで恋愛絡みである可能性が高い、と思われます」

「なんだと?! おい、アカン! ユーの女からの嫉妬が原因だそうだ。きっと、漆原君が近くにいることが気に入らないんだな。思い当たることはないのか?」

「部長、残念ですが、彼女いない歴十七年です。思い当たるもクソもありません」

「……そうか、悪かった。私もダメ元で聞いてみただけだ」

「って、おい! ……でも、全然ってわけではないですよ。小さい頃に、一つ年下で結婚の約束をした緑子(ミドリコ)っていう従妹がいます。もちろん、俺にその気は全くないですが……あ、そういえば、あいつ、うちの学校に入学したと言っていましたよ」

「その従妹、アーチェリーやってるのか?」

「あ! そうでした。あいつ中学の時アーチェリー部の部長をやっていました」

「フッ、決まりだな。だが、あくまで推測の域を出ない。裏を取ろう。シータ、出動だ。今からアーチェリー部の部室に潜入してくれ。証拠固めだ!」

 ◇ ◇ ◇


 アーチェリー部の部室は当然だが、男子と女子に分かれている。
 うるみは放課後、練習中で誰もいない女子部室の前にシータを置いた。

 そして、源二は陽動作戦としてある芝居を打った。落とし物担当の教師をまんまと騙すために、一本の電話を入れたのだ。

 練習が終わると、ガヤガヤとその日の成果、大会のライバルの話、はたまた帰りにどんなスイーツを食べるか、など雑多なおしゃべりをしながら、片付けをしている一年生を残して、三年生とニ年生が部室に戻ってきた。

「あれ! 縫いぐるみ?」

「誰かの忘れ物かしら?」

 部員の一人がじっとして動かないシータを抱き上げる。

「かわいい! 落し物でなければ私が貰いたーい!」

「ちょっと、待ちなさい!」

 アーチェリー部の部長である秋月さやかの言動は部長らしく、とても理性的だ。

「後で落し物係の先生のところへ持っていくとして、それまでの間、ここで預かりましょう」
 そういうと、使われていないロッカーにシータを入れて鍵をかけた。

 しばらくすると、上級生と入れ替えで片付けを終えた一年生が戻ってくる。
 一年生だけになると、キツイ先輩や嫌味な先輩の悪口が始まった。

「〇〇先輩って何よ? あのひと偉そうに!」
「備品の紛失なんて過去なかったっていうけど、それって私たちの管理の問題なの?」
「そうよ! みんなの責任よね」
「ほんと、矢の一本くらいであれだけよく言えたものね!」
「大した実力ないやつに限って偉そうなこというのよね」
「そうそう。実力なら緑子なんか、はるか上だわ。っていうか部で一番じゃないの?」

「そういえば緑子! あんた名門中学でアーチェリー部の部長だったのよね。噂だと、あんたの技術は時々神がかり状態になって、ここぞという時にはものすごい命中率になるそうね」

「そうそう。緑子のお蔭で、それまで弱小だったチームが全国大会に出場できたんだとか」

 緑子は微笑みながら、やんわりと否定した。
「そんなことはないわ。タダの噂。噂って一人歩きして、ちょっと大げさになるでしょ?」

「いえ、違うわ! 私は実際に見たことがある」

「部長!!」

 そこには華麗に髪をなびかせながら、歩み寄るアーチェリー部の部長、秋月さやかの姿があった。すらりとのびる長い手足が日本人離れしている。例の落し物であるシータを、取りに来たらしい。

「吾川! お前の本当の実力はあの程度ではない。私には分かる。次の大会にはレギュラーとして出てもらうわ」

 そういうと制服のポケットからカギを取り出し、ロッカーからシータを取り出した。

「せんぱーい、その縫いぐるみどうしたんですか? 先輩のですか? 意外です。学校に縫いぐるみを持ってくるなんて」

「バカ言わないで。これは落し物。今から担当の先生に引き渡すところよ」

「なんだぁ。そうなんだぁ。でも、めっちゃ可愛いですね。うちのマスコットにしたいくらい」

 その時、部室をノックする音がした。すると秋月はドア越しに問いかけた。

「どなたですか?」

「私だ。落し物の件だが、ちょっと急用ができてしまって、今日は処理できない。悪いが、明日まで預かってもらえないか?」

 さやかはドアを開けると、一礼する。

「わかりました。ロッカーには施錠しますので、大丈夫です。お任せください」

 「ありがとう。助かるよ、秋月。じゃあ、頼んだぞ」
 そういうと、担当の教師は急いで部室をあとにした。

 実はこの教師、源二に騙されている。警察の振りをした源二に、警察署への出頭の要請をされ、見事ハメられていたのだ。

 その夜、誰もいなくなったアーチェリー部のロッカーの一つが、ひとりでに開いた。


(つづく)

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