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ばれ☆おど!⑨



 第9話 氷点下の微笑


 三毛猫が気持ちよさそうに伸びをして、小さくあくびした。

 カン太が張り込みを始めて今日で二日目になる。
 ぼんやりとその猫を眺めている。

 だが、平穏な風景は一瞬にして消え失せた。

 三毛猫の首のあたりに何かが突き刺さる。猫は驚いて、電柱に激突しながらも、一目散に走りだす。
 しかし、10メートルも走らないうちに猫は力尽き、眠るように倒れる。
 滑るようにして、黒塗りのワンボックスカーがその横につける。ドアが開き、車から黒服、黒いハット、黒いサングラスの男が二人下りてきて、猫を車に乗せる。一連の動きは、かなり手慣れた作業といった印象を与えた。

(あれが犯人か。よし!)

 カン太は走り去る車に向けてトリガーを引いた。

 小さな発射音のあと、発信機付きの弾丸は車に命中する。

「しゃあ!」
 カン太はガッツポーズをキメると、スマホを取り出し、源二に連絡を入れた。

「もしもし! 吾川です。……部長! いま誘拐犯の車に発信機を打ち込みました!」

 ◇ ◇ ◇

 カン太が部室に戻ると、源二、うるみ、緑子はPCを囲んで、その画面に見入っていた。
「部長! どうですか? 発信機はちゃんと働いてます?」
「おう! アカン。ご苦労だった。ユーの働きで誘拐犯のアジトがわかったぞ!」
「えっ! ホントですか?」

「見てみろ! ここで車はしばらく停車している」

「本当ですね」

「ここは廃校になった旧雀ケ谷第二小があった場所だ。まだ取り壊されれていないはずだ」

「じゃあ、すぐに殴り込みに行きましょう!」

「そうだな。孫子曰く、兵は拙速を尊ぶ。だ。今晩10時に作戦を決行する。作戦内容は現地の偵察後発表する」

 ◇ ◇ ◇

 その夜は新月だった。

 カン太たちは廃校の正門に集まっている。

 廃校の真っ暗な古い校舎の一部で、何故か薄暗い明かりが灯っている。よく見ると人影がちらちらと、うごめいているのが見える。

「シータよ、状況を分析してくれ」

「はい。源二兄さま」
 一瞬シータの目が光り、カメラをズームするときの独特な機械音がしばらく続く。
 一分とたたないうちにシータの分析は終わったようだ。

「源二兄さま。状況がわかりました」

「で、どうだ。敵の状況は?」

「はい。敵は全部で五人です。残念なことに見張りの四人はオートマチックのハンドガンらしきものを装備しています。また、照準器は夜間戦闘用の〝レーザーサイト〟を使っています。敵の能力次第ですが、戦闘力はかなりのものと思われます」
(作者注※レーザーサイトというのは映画などの戦闘シーンでよく見かける、狙った箇所を赤いレーザーでポイントするタイプの光学照準器の一つです)

「では作戦だ。みんなよく聞いてくれ。まともなやり方では怪我をする。下手すれば死ぬ。そこでだ……」

 源二の作戦説明が終わると、その役割どおりに部員たちは、散っていった。
 正面突破するのは源二、うるみ、緑子だ。

 源二が口火を切る。

「誘拐犯諸君! ご機嫌いかがかな?」
 四人の見張り番は一斉に振り向く。
 そのうちの一番背の高い男が叫ぶ。

「貴様ら! ここを見たからには生きて帰れると思うなよ!」

「フフフ、ユーたちは高校生相手に、何をそんなに興奮しているんだ?」
「高校生だと、お前だけはそうは見えないぞ!」
「じゃあ、学生証でも見せようか?」

「面倒くさいやつだ。もういい。やっちまえ!」

 すると、他の三人はレーザーサイトの照準を一人ずつに合わせてきた。
 源二、うるみ、緑子の額には、それぞれ赤い点が照射されている。

「じゃあな。さらばだ! やれ!」

 長身の男がそう口にした途端、電灯が一斉に消え、あたりは暗闇に包まれた。
 標的を見失った敵はめくらめっぽうに発砲してくる。

 その時、緑子の瞳から異様な光が放たれる。

 緑子は目をつむり、ボウガンの矢と標的に意識を向ける。
 発砲するたびに、わずかに発光する銃が、ボウガンの矢で撃ち落されてゆく。

 暗闇から繰り出される正確な射撃。手足を次々に撃たれ、敵はパニックに陥る。

 暗闇の中で、不気味な唸りをあげる恐怖の矢によって、黒服たちは絶叫しながら逃げ惑う。――彼らが完全に沈黙するまでに、さほど時間はかからなかった。


 そのころ、カン太とシータは配電盤の前にいた。

「よし、シータ、ありがとう。これで作戦通りだけど、こんな暗闇だとこっちも同じように戦いにくくなるんじゃないのかな?」

「いいえ。こちらには、緑子様がいます」

 その時、背後からの気配を感じてカン太は振り向いた。
 相手の顔をみる直前に目から火花が出たような気がして、そのまま意識を失った。

「フフフ、この俺を甘く見ない方がいい」

 誘拐グループのリーダーらしき男は、カン太とシータを人質として捕獲した。そして、配電盤の電源のスイッチを元に戻す。


「いかん。アカンが危ない!」

 源二は明かりがついたことでカン太の身の危険を悟る。そして、シータに内蔵された発信機を頼りに、配電盤に向かう。

 源二に続き、うるみ、緑子も走る――。

 ようやく、配電盤までたどり着くと、リーダーらしき男がそこにいた。カン太とシータを人質として、盾にしている。

「得物を捨てて、投降しろ。仲間の命が惜しければな」

 鋭い視線を叩きつけながら、うるみが挑発する。
「卑怯者! 正々堂々と戦えないの?」

 緑子も、その男を睨みつけて叫んだ。
「それでも男なの? 男なら勝負しなさいよ!」

 だが、敵のリーダーらしき男は眉一つ動かさない。
「悪いが、俺は人の心が読める、という特殊なスキルを持っているんだ」

「…………………………?」

 彼は淡々と言葉を続ける。
「お前たちの考えていること、これからどう動いてくるのか、はっきりと見えるんだよ。だから、こうしないといけない。さあ、早く言うとおりにしてもらおう」

「やめろ……俺にかまわず攻撃しろ……」
 意識を取り戻したカン太は、朦朧とした意識の中でそう言うと、捨て身で暴れ始める。

「うるさい! 黙ってろ!」

 銃のグリップで殴られ、カン太は再び意識を失った。
 その時シータが突然、喋りはじめた。

「自爆装置が起動しました。一分以内に私から十メートル以上離れてください。危険です」

「糞め! ロボットの行動までは読めない。だが、ハッタリもありうるぜ」

「残り時間は20秒です。退避してください。10・9・8・7、退避してください。5・4・3」

「ほらよ!」

 敵のリーダーらしき男はそう言いうとシータを放り投げ、カン太を突き飛ばすと爆発から逃れようと大きく後ろに飛びのいた。

 うるみはシータを、源二はカン太を抱きかかえた。

 もちろん、自爆はシータのハッタリだった。

 そして、緑子はボウガンを放つ。


 キーン


「フッ、無駄だ」


 キーン


 銃身に矢を当てて直撃を巧みに避けている。

 源二もフルオートでBB弾を撃ち込む。

 キーン、キキキキキ、キ、キーン

 だが、すべて銃身で弾き返される。


「あばよ!」

 そういうと、敵の男は車に飛び乗り逃げ去っていった。
 敵の車のエンジン音が聞こえなくなると、源二は口を開いた。

「敵を一人逃がしたのは残念だが、動物たちを助けるのが、本来の目的だ。さあ、ここからは、警察の仕事だ。漆原君。通報だ」

「はい!」

 ◇ ◇ ◇

 翌日、頭に包帯を巻いたカン太は、緑子と一緒に下校していた。
 緑子の紫がかった銀色のツインテールは遠くからでも輝いて見える。

「ねえ、カン太。まだ痛む?」

「うん。もう、大丈夫みたいだ」
「よかったぁ……あ、そうだ。依頼人の飼い猫、無事に戻ったみたいよ」

「そうか。よかった」
 カン太は思わず笑顔になる。

「だけどね。半数以上のペットたちは動物実験用として売りさばかれたそうよ」
「え? 嘘だろ?」
「あの時、置き去りにされた、黒服たちから聞き出したから間違いないわ」
「ひどい! 絶対に許せない!」

「それとね。カン太を殴ったリーダーには逃げられちゃったの」
「…………」

「あと、これ見て」
 そういうと緑子はアイフォンを取り出しカン太にある画像を見せる。
「これはね。あのあとすぐにうちの部のアカウントに送られてきた、あのリーダーからのメッセージよ」

【雀鳩ケ谷南高校動物愛護部の諸君。今日は世話になったな。高校生にしてやられるとは、俺も組織からの追及が厳しいのでな。近いうちにこの借りはキッチリお返しするぜ。必ずな。
それまで、せいぜい正義の味方ごっこ、楽しんでおくんだな。じゃあな】

「これって……」
「そうよ。あいつからよ」

「部長はなんて言ってる?」
「『上等だ。次こそ、必ず仕留めてやる』……そう言ったわ」
「あの人らしい」

 とてもいい笑顔をするカン太に、緑子はハッとして、頬をわずかに赤らめた。


 二人は公園の横を通りがかる。
 その公園の真ん中で、少年が五人集まっている。

「おい! 今だ! 捕まえろ!」
 少年たちが、ネコを捕まえて縛り上げようとしている。
「悪ガキめ!」
 カン太は注意しようと、近寄ろうとする。
「待って。私がよく言って聞かせるわ」
 そう言うと、緑子はカバンから小型のボウガンを取り出した。

 一陣の風が吹き抜けた。
 その瞬間、少年が手にしていたロープは真っ二つになり、空中へ飛ばされる。
 次々と放たれる矢で、そのロープは粉々になり、ふわふわと漂いながら、地面に落下した。

 ボウガンを片手に、緑子は茫然としている少年たちに話しかける。
「君たち、動物をいじめたら、かわいそうでしょ。放してあげて」
「あわわ……ご、ごめんなさい」

 少年たちは緑子の微笑に恐怖を覚え、ネコを開放すると、一目散に逃げて行った。


 その日の地元の地方新聞の片隅には『廃校から多数のペットが解放される!』という見出しで小さく記事が載った。



 (第二章『暗闇からの執行人』おしまい)

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