IPアドレスが貸与されている場合の情報提供命令への対応

 プロバイダ責任制限法の令和3年改正法案が既に国会に提出されています。
 そこで創設される予定の発信者情報開示命令制度の説明は、私のウェブサイト上で掲載していますし、Twitter上での中傷について新制度を使うのかどうなるのかも、紙芝居を作ってあります。
 とはいえ、新しい制度なので判らないことも多いです。
 判らないことの一つとして、新法第15条1項に基づく情報提供命令により相手方が申立人に提供した「他の開示関係役務提供者の氏名等情報」が、IPアドレスのレンタル元の氏名等情報だった場合にどうなるのかと言うことです。
 例えば、開示請求者Xが電子掲示板の開設者Yを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを行い、同時に情報提供命令の申立てをかけておくとします。すると、裁判所は、さっそく、Yに対して情報提供命令を下すことになります。それを受けて、Yは、当該侵害情報の投稿時IPアドレスをwhoisデータベースで引いて、その保有者Zの名称及び住所を把握し、これを「他の開示関係役務提供者の氏名等情報」としてXに提供することになります。これを受けてXは、Zを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを行い(その際、情報提供命令の申立てと情報消去禁止命令の申立てを同時に行うことになります。)、かつ、Zを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを行った旨を所定の方法で元の発信者情報開示命令申立事件の相手方であるYに所定の方法で通知をすることになります。すると、Yは、Zに対して、当該権利侵害情報に関する投稿日時と投稿時IPアドレスを通知することになるわけです。
 ところが、Zは、その保有するIPアドレスの一部をWに貸しているわけです。Yから送られてきたIPアドレスがまさにWに貸しているものであった場合、Zは、当該IPアドレスの契約者への割り当てをしていないわけですから、上記日時に上記IPアドレスの割り当てを受けていた契約者の氏名等の情報を有していないわけです。
 この場合に、Zとしては、「このIPアドレスは、実際にはWが使用しているので、我が社は、新法15条の「当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者」にはあたらない」と上記掲示板開設者に通知し、Wを『当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者』とする情報開示を改めて申立人に対し行うよう促す義務を負うのでしょうか。
 あるいは、Zを相手方とする新たな発信者情報開示命令申立事件における情報提供命令の履行として、Wを「当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者」としてその氏名等情報を申立人に提供するべきなのでしょうか。
 単純に文言解釈をした場合、このケースではZは「当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者」にはあたらないので、申立人からの新たな発信者情報開示命令申立事件における審問期日において、「我が社は「当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者」にはあたらない。なぜなら、そのIPアドレスはWに貸しだしているからだ」と陳述すれば足りるようにもみえます。しかし、そうなると、申立人がその陳述を受けてWを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを行うまでに時間がかかってしまうので、発信者を特定するのに必要な発信者情報が消去されてしまうのを防ぐという新法の趣旨が蔑ろにされてしまいそうです。
 どう解釈するのが正しいのでしょうか。

<追記>
 「発信者情報開示のあり方に関する研究会」の「最終とりまとめ(案)」をみると、以下のような記載があります。
 提供命令に関して、アクセスプロバイダを特定する方法としては、典型的には、 WHOIS等を活用してIPアドレスからアクセスプロバイダを特定したり、電気通信番号指定状況等を活用して電話番号から当該電話番号を割り振った電話会社を特 定する方法が想定される。
 この際、MVNO の存在など、アクセスプロバイダが多層構造になっている可能性 があることや、IPアドレス経由と電話番号経由など発信者を特定するルートが複 数存在し、複数のアクセスプロバイダ(ISP と電話会社など)が存在する可能性 があること等に留意する必要がある。
 また、アクセスプロバイダにおいて、発信者に割り振られたIPアドレスやタイ ムスタンプのみではログや発信者を特定できない場合があり、これに加えて接続 先 IP アドレスやポート番号といった付加的な情報が適切にアクセスプロバイダ に提供されることが必要となるケースがあることから、これに対応する必要があ る。
 これらの点を踏まえると、コンテンツプロバイダを特定主体としつつ、アク セスプロバイダの特定及び発信者の特定に資する情報の提供を迅速かつ適切に行うためには、現在被害者(申立人)の代理人弁護士等が専門性や実務的知見を有して特定作業を支援していることも踏まえ、コンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダ・有識者・専門性や実務的知見を有する者が協力して発信者の特定手法 について支援協力を行える体制やノウハウ共有を行う場が必要である。したがって、総務省は、制度的な検討と並行して、上記の体制及びノウハウ共有を行う場の立ち上げについて、事業者団体及び民間事業者等と連携して取り組むことが適当である。

 これを見る限り、当初の発信者情報開示命令申立ての相手方とされたコンテンツプロバイダには、発信者に関する氏名等情報を保有している「他の開示関係役務提供者」を正しく探知してその氏名等情報を申立人に提供する義務があり、発信者に関する氏名等情報を保有していない事業者に関する氏名等情報を提供したにとどまる場合には、情報提供命令に従った情報提供が未了であるとして、再度調査の上で、発信者に関する氏名等情報を保有している「他の開示関係役務提供者」の氏名等情報を提供する義務がコンテンツプロバイダになお残っているように見える。
 もっとも、当該接続プロバイダが当該侵害情報に係る発信者の契約者情報を持っていないことは、コンテンツプロバイダから当該侵害情報に関するIPアドレスの提供を当該接続プロバイダが受けることにより初めて発覚するものである。そして、当該接続プロバイダがその旨を開示請求者または上記コンテンツプロバイダに申告しない限り、そのことは、開示請求者にも、上記コンテンツプロバイダにも知られないまま手続が進んでしまう。しかし、新法を見る限り、「他の開示関係役務提供者」として新たな発信者情報開示命令の申立てを受けたアクセスプロバイダに、自己が真の「他の開示関係役務提供者」ではないことを知ったときに速やかにその旨を告知することを義務づける規定はない。この点については、立法的に手当てをしておくことが望ましいように思われる。

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