岡口判事の分限裁判について

 岡口基一判事の分限裁判に、同判事の代理人の一人として参加してきました。
 この事件は、構造としては単純です。
 裁判所法第49条は、「裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。」と定めています。これを受けて、裁判官を懲戒する手続について、裁判官分限法が定められています。つまり、裁判官の懲戒については、裁判所法第49条が実体法、裁判官分限法が手続法ということになります。
 今回、東京高等裁判所長官は、岡口判事が、①裁判官であることを他者から認識できる状態でツイッターのアカウントを利用し、②犬の返還請求に係る民事訴訟についてのツイートを行って、③その民事訴訟の原告の感情を傷つけたことが、裁判所第49条に定める懲戒事由にあたるとして分限裁判を申し立てました。これについて、最高裁は、岡口判事の上記行為をもって「品位を辱める行状」とする趣旨で東京高等裁判所長官が分限裁判の申立をしたものと理解する旨を明示しました。だから、本件分限裁判の主たる争点は、岡口判事の上記行為が「品位を辱める行状」にあたるといえるのかに絞られたわけです。
 では、「品位を辱める行状」とはどのようなものをいうのでしょうか。
 『裁判所法逐条解説(中巻)』に、「それにより世人の裁判官に対する信頼、ひいては裁判制度そのものにたいする信頼の念を危くするかどうかにより決すべきであろう」との記載があり、「品位を辱める行状」の例として、事件の関係人と酒席をともにするようなことが挙げられています。また、最判平成13年3月30日判タ1071号99頁は、犯罪の嫌疑がかけられた妻について実質的に弁護活動に当たる行為をしたことが「裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ、ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけた」として、裁判所法第49条に定める懲戒事由にあたるとしました。このことからすると、裁判官の私人としての行為であっても、「裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ、ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけ」るようなものであれば「品位を辱める行状」にあたりうるが、そこにまで至らなければ「品位を辱める行状」にはあたり得ないと言うことになります。また、「品位を辱める行状」をこのように限定的に解釈することは、裁判所法第52条第1号の「積極的に政治運動をすること」を「組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるものが、これに該当する」とした上で「裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止することは、必然的に裁判官の表現の自由を一定範囲で制約することにはなるが、右制約が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところである」とした最判平成10年12月1日判タ第991号68頁とも整合性が保たれると言えるでしょう。
 裁判官は、自分が担当する事件について公正中立な立場から、当事者の主張と証拠に基づいて認定した事実を元に法令を解釈して当てはめて結論を下すという職務を行うとともに、法律の専門家として、その正しいと信ずる法令の解釈を示したり、その法令の適否が判断された事案に言及したりする著書・論文を執筆したり、講演をしたりすることが期待されています。もちろん、ある条文のある文言の解釈について特定の姿勢を示すことにはなっているわけですが、裁判官はもともと最高裁判例に反しない限度で自由に法解釈することが許されているので、前もってこれを著書等で示すことは、「裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ」るものとも「ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけ」るものとも一般に解されていません。未確定の下級審裁判例について現役の裁判官が評釈を行うこと自体、特に問題視されていないのです。もちろん、その評釈において当該裁判例を肯定的に紹介すれば敗訴当事者が、否定的に紹介すれば勝訴側当事者が不快な思いをすることはあり得ることですが、そのことは、これまでも問題視されてこなかったのです。
 そうである以上、岡口裁判官がTwitterを用いて行っていた、考慮すべき要素のある裁判例について、考慮すべき要素を特に示した上で判決内容を紹介することは、「裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ、ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけ」るものにはあたらないというべきだと思います。
 そして、「品位を辱める行状」を「裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ、ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけ」るようなものと解するとき、具体的な裁判例についての裁判官による言及によって当該事件の一方当事者が「傷ついた」かどうかは、特段意味がないということになります。特定の裁判例について特に利害を有している人からどう思われたかということは、「裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ、ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけ」たか否かに影響を与えないからです。
 まして、職務時間外に、Twitterというメディアを通じて、一個人として情報発信をしたということ(これを止めるようにとの上司の要求に従わなかったこと)は、それ自体「裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ、ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけ」たかどうかとは無関係です。
 したがって、今回の分限裁判で問題とされている行為に関して言えば、「品位を辱める行状」とは言えず、懲戒事由にはあたらないということになります。
 なお、今回の分限裁判では問題とされていませんが、露出度の高い自撮り写真をアップロードすることも又、「裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ、ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけ」るものとは言えないかと思います。

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小倉秀夫

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