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ゾンビズ⑤

「オジキ」
二階の事務所前の階段を上がってくる人物に対して、それに気付いたサカマチが調子の良い声で呼びかけ、旧タナカもその声がけに微笑む。
「なんだよ~お前ら〜」
そうニヤニヤ返事をしながら左足をびっこ引き摺りながら上がってきた白髪混じりのチビメガネがノムラだった。何がオジキだよ、冗談にもならねぇ。こんな奴をオジキ呼びする発想からして大分イカれてる。恥ずかしい奴らだなこいつらと、俺はバレない舌打ちをしながらその場を離れた。
ノムラは俺がバイトを始めた時からそこに社員としていた。当時の社員は店長のオザキとノムラの両名のみで、あとは準社員とバイトで場末のゲーセンを回していた。オザキが早番で、ノムラが遅番で、そのつなぎであとは準社員が繋ぎとしていた。基本的にオザキは飲みに出る以外の殆どの時間事務所にいたので、ノムラはそれをあからさまに疎ましく思う表情を顔に出す事があった。ただ年の功も役には敵わず、店長はオザキでその下にいるのがノムラだった。ノムラは夕方の出勤に合わせて登場する。安っぽいセカンドバッグを片手に、だらしなく草臥れたポロシャツを着て来る事が多かった。俺達は殆どがタバコ吸いだった。だからあいつが吸っていたタバコを覚えている。ノムラはショッポを吸っていた。癖のある吸い方だった。多分本人は格好良くやっていると勘違いしていた。眉と口をへの字にして、中空を見ながらそこに目掛けて煙を吹いていた。
「プシュ〜」
っと。それタイヤから空気の抜ける音じゃねぇか。俺はそれが嫌だった。臭いと笑いをこらえるのに大変苦労したのを覚えている。ノムラはパチンコ好きで、出勤までの時間があると大抵打ってから仕事をした。勝ったときは必ず仕事終わりに事務所前にある自販機の前に出て、
「好きなの押せよ」
と俺達に缶コーヒーを振る舞った。振る舞うのは悪い事じゃない。ただ飽きてくる。買う番手の最後に俺の先輩のサトウが苦笑いしながら、
「またぁ?」
と飽き飽きを出して苦笑いでコーヒーのボタンに指をかけていたのが印象深い。俺達はそれから長い一服に付き合った。
オザキがどこかに消え、ノムラは実質ゲーセンの頭になった。その当時のあいつは目の上のたんこぶが無くなり、テンションも高かった。ノムラはよく語る奴だった。俺達の目に見えない武勇伝を酒も無しでゲラで語る。俺達から尋ねたことなんて一回も無かったのに。ノムラの足を引き摺る動作は、昔遭遇した交通事故が原因らしい。バイクで走っていたら対向車が突っ込んできたとか、確かそんな事を言っていた気がする。短い足のスネに残る傷痕をわざわざこちらに見せつけてきたりした。
「完全に骨が飛び出してちゃってよぉ、ズボンも突き破ったからな」
とノムラは言ったが、俺達はそんな小さい傷痕からはそんな凄惨な光景を到底想像出来なかった。大体本当にそうだったとしても、こいつは絶対気を失うか悲鳴をあげてのたうち回っていたはずだ。絶対に盛ってる。問題は何より盛ってても結局話自体が退屈で、聞くだけ無駄な時間だった事だ。年長者の自慢話は醜い。どこの世にもそういうクソみたいな輩はいるし、俺も間違えばそうなる可能性を孕んでいる。ノムラは外見から人間の悲哀の形をしていた。そもそもこんな過疎なゲーセンで語って悦に入るって。よく見てみろよ、聞いてる俺達の顔を。みんなそういう顔をしていたはずだった。ノムラは結局のところ、ショッポもストーリーもふかしていたんだと思う。そんなノムラのホラバナシも、サカマチと旧タナカの無垢というか浅はかな心には真実として響いてしまっていたようで、あんなバカなオジキ呼びの関係にまでなっていた。三人の作り出す輪の中には、俺も勿論他に誰も立ち入ろうとはしなかった。

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