論文式試験の本試験で「基本問題を見抜く」とは、どういう意味か ―平成20年過去問 意匠 問題Iの詳しい解説

 弁理士試験の論文式試験では、事例問題が出題されます。

 本試験で出題される事例問題は、「基本問題」が元になっているから、「基本問題」を見抜けば合格答案が書けると言われます。では、「基本問題を見抜く」とは、どういう意味でしょうか。

 この記事では、平成20年の意匠法第I問を例にとって、「基本問題の見抜き方」を解説します。

 まずは出題された問題文の全文を引用します。

【問題I】
 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作し、意匠イに係る女性用サンダルをイタリアで開催された展示会において1ヶ月間、甲の商品として展示するとともに、カタログに掲載し、展示会の一般来場者に頒布した。展示会終了後、甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 乙は、上記展示会終了後、意匠登録出願Aの日前に、自ら創作した意匠イに類似する女性用サンダルに係る意匠ロについての意匠登録出願Bをし、意匠登録出願Bの日後に、意匠ロに係る女性用サンダルを販売した。
 この場合、甲は、意匠イについて意匠登録を受けることができるか否かについて、理由を付して述べよ。
 なお、意匠登録出願A及び意匠登録出願Bは、いずれも優先権主張を伴うものでないものとする。【50点】

 本試験では、上記の問題について答案構成をし、答案を書くことが求められます。弁理士試験の初学者にとっては、いきなり本試験レベルの問題について答案を書き始めるのはハードルが高いはずです。

1. 「創作した意匠を出願した場合、意匠登録できるか否か。」について

 では次のような問題であればどうでしょうか。

【例題20I(1)】
 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作した。甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 この場合、甲は、意匠イについて意匠登録を受けることができるか否かについて、理由を付して述べよ。
 なお、意匠登録出願Aは、優先権主張を伴うものでないものとする。【5点】

 上記の例題I(1)は、本試験問題の骨組みだけを抜き出した基本問題です。

 この例題についての答案は以下のようになるでしょう。

【答案例】
例題20I(1)について
 意匠イについて創作した甲は、意匠イについて意匠登録を受ける権利(3条1項柱書)を有するから、一意匠一出願の原則の下(7条)、適式な出願(6条)をすれば、甲は出願Aの意匠イについて意匠登録を受けることができる(18条)。

  例題20I(1)では、拒絶理由も想定できないため、仮定形で解答をする必要はありません。あくまで問題文から読み取れる事実は、

1. 甲が意匠イを創作 ⇒意匠イについて意匠登録を受ける権利を有する 2. 甲が意匠イについて出願Aをした

この2点ですから、この2点をまとめれば必要十分な解答になります。なお、解答に根拠条文を示せば、問題文に指示に従って、(最低限の)理由を付していることになります。

【応用1】 もちろん、上記の答案例において、願書や図面の記載要件について言及することもできます。しかしながら、とりわけ意匠では答案用紙のスペースが足りなくなることが多いため、「できる限り短い記載」を心がけてください。 なお、「答案にどこまで詳しく記載するか」については、問題文全体の答案構成をしながら検討すべきことなので、別の機会に解説したいと思います。
【発展1】 問題文では、「意匠登録を受けることができるか否かについて」問われています。この場合は、登録料の納付まで含めて答えるべきでしょうか。 この点については、例えば問題文が以下のようであった場合は、登録料の納付まで解答したほうがベターです。 

【例題20I(1b)】
 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作した。甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 この場合、甲は、意匠イについて意匠権を取得することができるか否かについて、理由を付して述べよ。
 なお、意匠登録出願Aは、優先権主張を伴うものでないものとする。【5点】

 意匠権の取得は、「登録査定(18条)+ 登録料の納付」が要件です(20条2項)。そのため答案では次のように解答することになるでしょう。

【答案例】
例題20I(1b)について
 意匠イについて創作した甲は、意匠イについて意匠登録を受ける権利(3条1項柱書)を有するから、一意匠一出願の原則の下(7条)、適式な出願(6条)をし、登録査定後30日以内に1年分の登録料を納付すれば、甲は出願Aの意匠イについて意匠権を取得することができる。  

 例題20I(1b)の解答例では、問題文の表現に対応して、登録料の納付まで記載します。また、問題文の末尾と解答の末尾が対応していることに注目してください。
 一方で、平成20年の問題Iでは、「意匠登録を受けられるか否か」について問われていますから、「登録できる(18条)。」と締めくくっても問題はありません。
 このように、答案では問題文における問われ方に応じて、記載内容を取捨選択します。その場合も、【応用】で説明したように、「できる限り短い記載」を心がけることが重要です。

 では次に、例題20I(1)を変形した以下の【例題20I(2)】について考えていきましょう。

【例題20I(2)】
 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作し、意匠イに係る女性用サンダルをイタリアで開催された展示会において1ヶ月間、甲の商品として展示した。展示会終了後、甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 この場合、甲は、意匠イについて意匠登録を受けることができるか否かについて、理由を付して述べよ。
 なお、意匠登録出願Aは、優先権主張を伴うものでないものとする。【15点】

 太字で示したように、【例題20I(1)】に、出願前に意匠イを展示したことが問題文に加わっています。この場合は、通常の出願をすればその出願は拒絶されます。理由は、出願する意匠には新規性がないからです。しかし、出願について新規性喪失の例外の適用を受ければ、出願した意匠について登録を受けることができます。 

 この流れはスムーズに理解できるでしょう。問題文から読み取れる事実は、

1. 意匠イは展示によって「公然知られ」(3条1項1号)ている2. 意匠イについての出願Aは、このままでは3条1項1号に基づき拒絶される(17条1号)

ことの2点です。それに対し、

3. 甲が出願Aについて4条2項の適用を受ければ、意匠イについて意匠登録を受けることができる(18条)

ことも解答できます。これら3点をまとめれば、【例題20I(2)】について答案が書けます。

【答案例】例題I(2)について
1. いわゆる新規性(3条1項各号)の有無について
 出願Aの意匠イは、A出願前の展示によって「公然知られ」(3条1項1号)ている。よって出願Aの意匠イは、通常の出願では3条1項1号に基づく拒絶理由(17条1号)を有するから、意匠登録を受けることができない。
2. 新規性喪失の例外の適用(4条)について
 しかし、意匠イの展示は、意匠イについて意匠登録を受ける権利(3条1項柱書)を有する出願人甲の「行為に起因して」(4条2項)いる。よって、甲が出願Aを意匠イの展示初日から「6月以内」(4条2項)に出願し、かつ、① 出願Aと同時に4条2項の適用を受けようとする書面を、② 出願Aの出願の日から30日以内に4条2項の適用を受けられることを証明する書面を、特許庁長官に各々提出すれば(4条3項)、出願Aの出願イは、3条1項1号に該当するに至らなかったものとみなされる。
3. 結論
 以上より、甲が出願Aについて4条2項の適用を受け、一意匠一出願の原則の下(7条)、適式な出願(6条)をすれば、甲は出願Aの意匠イについて意匠登録を受けることができる(18条)。

 【例題20I(1)】と【例題20I(2)】の解答例を見比べてください。【例題20I(1)】で解答した内容は、【例題20I(2)】の答案例の「3.結論」の部分に残っています。一方で、【例題20I(2)】において事例として新たに加わった問題文に対応して、解答内容を加筆しています。

 このことからもわかるように、問題文において事例が増えれば、解答内容もそれに応じて増えていきます。これは当たり前のことですが、本試験の問題のように事例が複雑になればなるほど、問題のベースになる基本問題が見えにくくなるのです。したがって、本試験の問題についてベースとなっている「基本問題を見抜く」ためには、本試験を基本問題に分解した上で、少しずつ再構成しながら、答案を書いてみるトレーニングが効果的です。

【発展2】 問題文に、「展示会において1ヶ月間、甲の商品として展示した。」とあることから、いわゆる複数回公知の論点について書きたくなることもあるでしょう。しかし、繰り返し強調するように、意匠法の答案については、「できる限り短い記載」を心がけなければいけません。「1ヶ月間」という文言に反応して、複数回公知について論証を大展開させるならば、その途端に最低でも3行程度の記載が必要になります。平成20年の問題は【問題I】のみならず【問題II】もあることを忘れてはなりません。また、答案は序盤に厚く解答しすぎてしまう傾向も回避する必要があります。 その一方で、複数回公知についての(最低限の)理解を答案に示しておきたいところです。この点は解答例ではどのように手当てしているかというと、 よって、甲が出願Aを意匠イの展示初日から「6月以内」(4条2項)に出願し、

の部分の「初日」という表現で、複数回公知の論点についての理解をアピールしています。もちろん、「初日」という表現だけでは、複数回公知の論点について論証したことにはなりません。しかし、これを例えば次のような解答表現と比較してみてください。

よって、甲が出願Aを意匠イの展示から「6月以内」(4条2項)に出願し、

単に、「展示から6月以内」と表現するだけでは、「1か月間のいつの展示から6月以内なのか」が不明です。それに対して、

よって、甲が出願Aを意匠イの展示初日から「6月以内」(4条2項)に出願し、

と表現すれば、たった2文字追加するだけで、「6月以内」という時期的要件が展示初日から起算すべきことを理解していることが伝わります。
 以上のように、「できる限り短い記載」で、問題文から導かれる論点についての「最低限の理解」を示すための答案表現は、その都度指摘しますので、積極的にまねをして習得するこようにしてください。

 それでは上記で解説した【例題20I(2)】をベースに、さらにもう一段階、本試験の問題文に近づけていきましょう。

【例題20I(3)】
 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作し、意匠イに係る女性用サンダルをイタリアで開催された展示会において1ヶ月間、甲の商品として展示するとともに、カタログに掲載し、展示会の一般来場者に頒布した。展示会終了後、甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 この場合、甲は、意匠イについて意匠登録を受けることができるか否かについて、理由を付して述べよ。
 なお、意匠登録出願Aは、優先権主張を伴うものでないものとする。【20点】

 これまでと同様、新たに事例として加わった部分は、太字で示しています。問題文から読み取れる事実は、

1. 意匠イは展示によって「公然知られ」(3条1項1号)ている
2. また、意匠イは、頒布されたカタログへの掲載によって、「刊行物に記載」(3条1項2号)されている
3. よって意匠イについての出願Aは、このままでは3条1項1号及び同項2号に基づき拒絶される(17条1号)

ことの3点です。それに対し、

4. 甲が出願Aについて4条2項の適用を受ければ、意匠イについて意匠登録を受けることができる(18条)

ことが解答できるのは、【例題20I(2)】と同様です。これら4点をまとめれば、【例題20I(3)】について答案が書けます。

【答案例】例題20I(3)について
1. いわゆる新規性(3条1項各号)の有無について
 出願Aの意匠イは、A出願前の展示によって「公然知られ」(3条1項1号)ており、かつ頒布された刊行物に掲載されたことによって「刊行物に記載」(3条1項2号)されている。よって出願Aの意匠イは、通常の出願では3条1項1号及び同項2号に基づく拒絶理由(17条1号)を有するから、意匠登録を受けることができない。
2. 新規性喪失の例外の適用(4条)について
 しかし、意匠イの展示は、意匠イについて意匠登録を受ける権利(3条1項柱書)を有する出願人甲の「行為に起因して」(4条2項)おり、カタログへの掲載は、展示による意匠イの公開に基づき再度公開されたことが明らかである。よって、甲が出願Aを意匠イの展示初日から「6月以内」(4条2項)に出願し、かつ、① 出願Aと同時に4条2項の適用を受けようとする書面を、② 出願Aの出願の日から30日以内に4条2項の適用を受けられることを証明する書面を、特許庁長官に各々提出すれば(4条3項)、出願Aの出願イは、3条1項1号及び同項2号に該当するに至らなかったものとみなされる。
3. 結論
 以上より、甲が出願Aについて4条2項の適用を受け、一意匠一出願の原則の下(7条)、適式な出願(6条)をすれば、甲は出願Aの意匠イについて意匠登録を受けることができる(18条)。

 【例題20I(2)】の解答例に新たに加筆した部分は、太字で示しています。問題文には新規性を喪失した事実が新たに1つ加わっただけですから、解答も最少限で済ますことができます。

【発展3】 問題文に、「展示するとともに、カタログに掲載し、展示会の一般来場者に頒布した。」とあることから、「複数回公知」の論点について書きたくなります。しかしながら、ここでもまた、複数回公知について論証を厚く解答することは許されません。この点、「できる限り短い記載」でありながら、「複数回公知」についての理解を示すために、解答例では、意匠審査便覧で用いられている表現を使って解答をしています(意匠審査便覧10.37 参照)。【例題20I(3)】の解答例の、 「カタログへの掲載は、展示による意匠イの公開に基づき再度公開されたことが明らか

という一行が該当の解答表現です。このように、論点について最低限の理解を示すためには、上記の太字で示すように意匠審査基準や意匠審査便覧、逐条解説で用いられている表現を積極的に用いて解答することが重要です。

 これまでの例題を通じて、本試験が基本問題の組み合わせから構成されていることが理解できてきましたでしょうか。さらに理解を確実なものとするために、【例題20I(3)】をさらにもう一段階、本試験の問題文に近づけていきましょう。

【例題20I(4)】
 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作し、意匠イに係る女性用サンダルをイタリアで開催された展示会において1ヶ月間、甲の商品として展示するとともに、カタログに掲載し、展示会の一般来場者に頒布した。展示会終了後、甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 乙は、上記展示会終了後、意匠登録出願Aの日前に、自ら創作した意匠イに類似する女性用サンダルに係る意匠ロについての意匠登録出願Bをした。    
 この場合、甲は、意匠イについて意匠登録を受けることができるか否かについて、理由を付して述べよ。 なお、意匠登録出願A及び意匠登録出願Bは、いずれも優先権主張を伴うものでないものとする。【35点】

 これまでと同様、新たに事例として加わった部分は、太字で示しています。問題文から読み取れる事実は、

1. 意匠イは展示によって「公然知られ」(3条1項1号)ている
2. また、意匠イは、頒布されたカタログへの掲載によって、「刊行物に記載」(3条1項2号)されている
3. よって意匠イについての出願Aは、このままでは3条1項1号及び同項2号に基づき拒絶される(17条1号)
4. 意匠イと類似する意匠ロに係る先願Bは、後願Aの拒絶引例にはならない(9条1項、17条1号)
∵ 先願Bは公知意匠イによって3条1項3号に基づいて拒絶されるため、先願の地位(9条3項)がない

ことの4点です。それに対し、

5. 甲が出願Aについて4条2項の適用を受ければ、意匠イについて意匠登録を受けることができる(18条)

ことが解答できるのは、【例題20I(2)】及び【例題20I(3)】と同様です。

 以上5点をまとめれば、【例題20I(4)】について答案が書けます。

【答案例】例題20I(4)について
1. いわゆる新規性(3条1項各号)の有無について
 出願Aの意匠イは、A出願前の展示によって「公然知られ」(3条1項1号)ており、かつ頒布された刊行物に掲載されたことによって「刊行物に記載」(3条1項2号)されている。よって出願Aの意匠イは、通常の出願では3条1項1号及び同項2号に基づく拒絶理由(17条1号)を有するから、意匠登録を受けることができない。
2. 新規性喪失の例外の適用(4条)について
 しかし、意匠イの展示は、意匠イについて意匠登録を受ける権利(3条1項柱書)を有する出願人甲の「行為に起因して」(4条2項)おり、カタログへの掲載は、展示による意匠イの公開に基づき再度公開されたことが明らかである。よって、甲が出願Aを意匠イの展示初日から「6月以内」(4条2項)に出願し、かつ、① 出願Aと同時に4条2項の適用を受けようとする書面を、② 出願Aの出願の日から30日以内に4条2項の適用を受けられることを証明する書面を、特許庁長官に各々提出すれば(4条3項)、出願Aの出願イは、3条1項1号及び同項2号に該当するに至らなかったものとみなされる。
3. 先願主義(9条)について
(1). 出願Aの意匠イと「類似」(9条1項)する意匠ロに係る先願Bには、いわゆる先願の地位(9条3項)がない。先願Bの意匠ロは、B出願前に、意匠ロと「類似」(3条1項3号)する意匠イが展示によって「公然知られ」(同項1号)ているため、先願Bは3条1項3号に基づいて拒絶される(17条1号)からである。
(2). よって、意匠イに係る後願Aが、意匠ロに係る先願Bを引例として、9条1項に基づいて拒絶されることはない。
4. 結論
 以上より、甲が出願Aについて4条2項の適用を受け、一意匠一出願の原則の下(7条)、適式な出願(6条)をすれば、甲は出願Aの意匠イについて意匠登録を受けることができる(18条)。

 【例題20I(3)】の解答例に新たに加筆した部分は、項目を太字で示しています。【例題20I(4)】では出願Aに加えて出願Bも登場していますから、先後願関係(9条)について解答で言及する必要があります。

 さて、【例題20I(4)】まで解答してきたことによって、本試験の問題文とは残り一行の違いを残すのみとなりました。ここで改めて、本試験の問題を見てみましょう。

【問題I】
 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作し、意匠イに係る女性用サンダルをイタリアで開催された展示会において1ヶ月間、甲の商品として展示するとともに、カタログに掲載し、展示会の一般来場者に頒布した。展示会終了後、甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 乙は、上記展示会終了後、意匠登録出願Aの日前に、自ら創作した意匠イに類似する女性用サンダルに係る意匠ロについての意匠登録出願Bをし、意匠登録出願Bの日後に、意匠ロに係る女性用サンダルを販売した。
 この場合、甲は、意匠イについて意匠登録を受けることができるか否かについて、理由を付して述べよ。
 なお、意匠登録出願A及び意匠登録出願Bは、いずれも優先権主張を伴うものでないものとする。【50点】

 【例題20I(4)】と本試験問題との違いは、太字で示す一行のみです。本試験の問題において、乙は意匠ロについて出願Bをしているのみならず、意匠ロに係るサンダルを販売しています。ここで、乙の意匠ロに係るサンダルの販売は、甲の出願Aの出願前にされたものか、出願後にされたものか、問題文からは分からないことに注意を払う必要があります。このような問題では、サンダルが出願Aの出願前に販売されたのか、出願後に販売されたのか、について、場合分けをして解答する必要があります。

 乙の意匠ロに係るサンダルが甲の出願Aの出願後にされたのであれば、解答は【例題20I(4)】のものと変わりません。したがって、新たに解答すべきことは、次の例題の解答と同様の内容になります。

【例題20I(5)】 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作した。甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 乙は、意匠登録出願Aの日前に、意匠イに類似する意匠ロを自ら創作し、意匠ロに係る女性用サンダルを販売した。
 この場合、甲は、意匠イについて意匠登録を受けることができるか否かについて、理由を付して述べよ。
 なお、意匠登録出願Aは、優先権主張を伴うものでないものとする。【5点】

 【例題20I(5)】は、【例題20I(1)】と比較してみてください。加わったのは太字で示した一行のみですが、解答の結論が大きく異なってきます。

 【例題20I(5)】の問題文から読み取れる事実は、

1. 甲が意匠イを創作 ⇒意匠イについて意匠登録を受ける権利を有する
2. 甲が意匠イについて出願Aをした3. 乙は甲の出願Aの出願前に、出願Aの意匠イと類似する意匠ロに係るサンダルを販売した
∴意匠ロについて「公然知られた意匠」(3条1項1号)

という3点です。上記の事実から、

4. 甲は出願Aの意匠イについて、意匠登録を受けることができない
∵ 意匠イについて3条1項3号に該当(17条1号)

という結論が導かれます。

 以上4点をまとめれば、【例題20I(5)】について答案が書けます。

【答案例】例題20I(5)について
1. 結論
 甲は、出願Aの意匠イについて意匠登録を受けることができない。
2. 理由
 出願Aの意匠イと「類似」(3条1項3号)する意匠ロが、A出願前に乙の意匠ロに係る販売によって「公然知られ」(同項1号)ており、意匠イに係る出願Aは3条1項3号に基づいて拒絶される(17条1号)からである。

 【例題20I(1)】から【例題20I(5)】までの解答を組み合わせれば、【平成20年問I】の解答をすることができます。本試験の問題をもう一度読んでから、続けて答案例を見ていきましょう。

【問題I】 甲は、女性用サンダルに係る意匠イを創作し、意匠イに係る女性用サンダルをイタリアで開催された展示会において1ヶ月間、甲の商品として展示するとともに、カタログに掲載し、展示会の一般来場者に頒布した。展示会終了後、甲は、意匠イについての意匠登録出願Aをした。
 乙は、上記展示会終了後、意匠登録出願Aの日前に、自ら創作した意匠イに類似する女性用サンダルに係る意匠ロについての意匠登録出願Bをし、意匠登録出願Bの日後に、意匠ロに係る女性用サンダルを販売した。
 この場合、甲は、意匠イについて意匠登録を受けることができるか否かについて、理由を付して述べよ。 なお、意匠登録出願A及び意匠登録出願Bは、いずれも優先権主張を伴うものでないものとする。【50点】
【答案例】問Iについて
1. 乙のサンダル販売後に出願Aがされていた場合
 (1). 結論
 甲は、出願Aの意匠イについて意匠登録を受けることができない。 
(2). 理由
 出願Aの意匠イと「類似」(3条1項3号)する意匠ロが、A出願前に乙の意匠ロに係る販売によって「公然知られ」(同項1号)ており、意匠イに係る出願Aは3条1項3号に基づいて拒絶される(17条1号)からである。
2. 乙のサンダル販売前に、出願Aがされていた場合

 (1). いわゆる新規性(3条1項各号)の有無について
 出願Aの意匠イは、A出願前の展示によって「公然知られ」(3条1項1号)ており、かつ頒布された刊行物に掲載されたことによって「刊行物に記載」(3条1項2号)されている。よって出願Aの意匠イは、通常の出願では3条1項1号及び同項2号に基づく拒絶理由(17条1号)を有するから、意匠登録を受けることができない。
 (2). 新規性喪失の例外の適用(4条)について
 しかし、意匠イの展示は、意匠イについて意匠登録を受ける権利(3条1項柱書)を有する出願人甲の「行為に起因して」(4条2項)おり、カタログへの掲載は、展示による意匠イの公開に基づき再度公開されたことが明らかである。よって、甲が出願Aを意匠イの展示初日から「6月以内」(4条2項)に出願し、かつ、① 出願Aと同時に4条2項の適用を受けようとする書面を、② 出願Aの出願の日から30日以内に4条2項の適用を受けられることを証明する書面を、特許庁長官に各々提出すれば(4条3項)、出願Aの出願イは、3条1項1号及び同項2号に該当するに至らなかったものとみなされる。
 (3). 先願主義(9条)について
 ①. 出願Aの意匠イと「類似」(9条1項)する意匠ロに係る先願Bには、いわゆる先願の地位(9条3項)がない。先願Bの意匠ロは、B出願前に、意匠ロと「類似」(3条1項3号)する意匠イが展示によって「公然知られ」(同項1号)ているため、先願Bは3条1項3号に基づいて拒絶される(17条1号)からである。
 ②. よって、意匠イに係る後願Aが、意匠ロに係る先願Bを引例として、9条1項に基づいて拒絶されることはない。
3. 結論
 以上より、乙の意匠ロに係るサンダルの販売前に、甲が出願Aについて4条2項の適用を受け、一意匠一出願の原則の下(7条)、適式な出願(6条)をすれば、甲は出願Aの意匠イについて意匠登録を受けることができる(18条)。

 【平成20年問題I】の答案例は、【例題I(4)】と【例題I(4)】の解答を組み合わせて作成されていることがわかります。太字で示した箇所が新たに加筆した部分です。出願Aが乙の意匠ロに係るサンダルの販売の前か後かで結論が異なるため、場合分けをしています。また、最後の結論部分でも、乙の意匠ロに係るサンダルの販売前に出願Aをしなければならないことを書き加えています。

 いかがでしたでしょうか。すべての受験生が最初から本試験の問題について合格答案を書くことは不可能です。しかし、この記事で示したように、本試験のベースとなる基本問題であれば、解答することはできるはずです。

 もしあなたが事例問題を解くことに苦手意識があるのであれば、他の過去問についても、基本問題に分解しつつ、部分的な解答を作成することをオススメします。本試験レベルの問題を基本問題に分解することこそが、本試験のベースとなる基本問題を見抜くことに他ならないからです。

【応用2】
 【例題20I(1)】から【例題20I(5)】までの配点が、それぞれ、【5点】・【15点】・【20点】・【35点】・【5点】と異なっていることに注目してください。それぞれの例題は、解答に書くべき項目の分量に応じて配点されています。本試験問題についての解答は、例題で書くべき項目を組み合わせたものですから、例題の解答内容を積み重ねていけば、本試験の問題についても得点することができます。
 このように、本試験のベースとなる基本問題を見抜くことは、どのような項目を解答すれば得点に結びつくのかを見抜くことにつながります。
 なお、本試験で合格ラインを超える答案を書くためには、答案全体のバランスを考えて、項目間の厚薄(濃淡)を調整する必要があります。ただし項目間の厚薄(濃淡)を付けられるようになるには、その土台として、まずは各項目を過不足なく書ける力が備わっていなくてはいけません。まずは、小問ごと、基本問題ごとに、部分的な合格答案を書ける力を培っていきましょう。

 次回も、本試験の過去問を題材に、ベースとなる基本問題に分解しながら、合格答案の作成方法について詳しく解説していきます。

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