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葬送曲は美しく

スーツをどこにしまったか。
黒いネクタイはどこだ?
靴はどうしよう。

葬式は突然にとはいえ
数日前に既にアナウンスもあったのだから
準備しておけばいいものを
当日朝になってバタバタした。

ネクタイは
結局みつからず
ブルースブラザースの仮装用に買った
革の黒いネクタイしかなかった。
しかも引き出しに押し込んであったので
乾燥スルメみたいにヨレヨレに波打っている。

雲ひとつない
真っ青な青空だった。
あの人を天国へ送るのに
ちょうど良い天気だ。

子供に着替えてもらって
忘れ物がないか何度も念を押し
駐車場で
車の鍵を忘れたことに気がつく。

怒り狂いながら(そして子供になじられながら)
早足で戻り、
再度車に乗ると
「喉が渇いた」という人がいる。

もう20分前だぜ。

急いでコンビニへ行って
お水を買い
子供に飲ませて
教会へ急いだ。

全ての信号にひっかかる。

駐車場に入り
急いで会場に進んで
受付で記帳を済ませる。
5分前だった。セーフ。

きちんとした葬式に出るのは
ほとんど記憶にないくらい昔だ。

多分、高校生の頃に
白光学園の塾長が亡くなった時以来だ。

昨年の母親の葬式は
身内だけの小さな会であった。

あの時は
三兄弟の中で私だけ涙を見せなかったので
子供から「パパは冷たいねぇ」と笑われた。

冷たいかもしれない。
でも
亡くなったものは仕方がないじゃないの。
悲しくない訳じゃないけどさ。寂しいよ。
そういう気持ちだった。

約170人の参加者だったそうだ。

故人が好きだった
讃美歌を歌う。

後の席の男性が
ハモっていて
葬送曲は美しく流れた。

牧師の話が
始まると
気がついた。

マスクの中に
真珠というほど美しくはないが
コロコロと丸いものが
落ちてくる。

まだ涙が残っていてよかった。

知事や市長、さまざま方からの弔電があった。

たったひとこと言葉を交わしたり
その作品を拝見したり
すれ違ったり
それだけで
人生に力を与えられたのは
私たち家族だけではない。

神様が
故人とその奥様をこの世に
お遣わしになられたのだろう。

弔花を手向に
棺の中のお顔を拝見する。

お痩せになっていた。
本当にお疲れまさでした。
ありがとうございました。
天国でもどうぞお幸せに。

奥様に一礼して
我々は
教会を後にした。

これ以上は
その場にいることは
できなかった。

R.I.P.
Thank you, again.
So long.



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