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ヨーロピアンシュガーコーン

テキトーに吐き捨てられたまま、机の下で行き場を失った上履き。
誰かに蹴られても靴の主人は楽しそうに笑ってる。
寝るのにも飽きて、言葉にはいわずともお昼休みを待ち望むお腹の声が聞こえだす3限と4限の間。瞬間ごとに、多分これが思い出になるんだろうと思いつつも、どこか記念という型にははめたくないような、だからこそ、この“いつも”をいつも以上になんでもないんだってことが言いたくて、見えない演出が増えて行く。

もうすぐ卒業する。風が吹く。いつも吹いてるはずの風。
私とこの人と、そしてそれ以外の間に流れて、どことなく私のことをあざける。
こっそりと上履きに触れてみるけれど、上履き越しに触る上履きは思ったほどなんでもない。少し緊張したのがバレないように、余計に笑ってみたりする。

こいつ卒業したら、東京に行くんだってさ。知ってた?

(知らない方がよかった。)

チャイムが鳴って、この人以外が席に戻る。
いつからこの人の机が私たちの中心になったんだっけ。
席替えしても、友達同士が近くになっても、この人がいるところは私たちのいるところになってた。
アルコールの匂いが充満する理科室
屋上に行くための階段の踊り場
ブレーカーの落ちやすい部室
私たちは円になって話したり、一人一人別のことをしたり、集まってすぐ解散したり。そこには私たち4人とこの人の脱いだ靴、合わせて5つの物体があった。
脱いだ靴を見て、この人がいると知る。
脱いだ靴を見て、ここは私たちの場所だと安心する。
脱いだ靴を見て、毎日がずっと続いてることを実感する。

誰もいない真夜中の学校に行ったことがある?

担任に没収された携帯を、奪いに戻ったいつかの学校。
誰もいない昇降口。試しにこの人の下駄箱を開けた。
毎日見る、かかとの磨り減った上履き。
ひょっとしたら、あの人がいるんじゃないかって思った。
誰もいない教室。
誰かが忘れて行ったマフラー。
いたずら書きが消えないあの人の机。
新品のままみたいな、私の机。
だから、マジックで小さく書き加えた。机じゃなくて、机の下の床に。
「26.5cm、9/30(あの人の誕生日)」
誰にも気づかれたくないけど、どこかに残しておきたいみたいだ。
あの人の癖を、私は知ってると。
そしてもしいつかここにまた来たときに(こないことも分かった上で)
教室の床を最初に見れる人でありたいと願ったりもして。

あれは変わらず残ってる。
それから私の癖は、授業中に自分でいたずら書きした場所を上履きで撫でること。
ほら。いまも飽きるとすぐに自分でつくりあげたあの人に足が会いに行く。

だから忘れられないのかも。
思い出す、この人が靴を脱がなかった日のこと。
3人で行った、この人の家。
どんな気温だったかとか、印象的なニュースがあったとか、記録に残るようなことが一つもなかった日。
よく行くけれど、その日は家の中になんでか入れてもらえなくて。
離れのもう一つの倉庫か小屋で遊んだ。
フローリングの部屋に、使わなくなったであろう荷物がちらほら。
それで私たちはその部屋に上がって、トランプかなんかしてた。
馬鹿話して、トランプは片付けないまま。
でも、そのときのこの人はスリッパを履いてたんだ。
靴からスリッパに履き替えていた。いつもの家なら靴下もすぐ脱ぐのに。
誰も指摘しないし、気づいてるのは自分だけだったのかも。
別にこの人自身も変わった様子もなくて。
帰り際。暗くなった空が、自分の靴を隠そうと企んでるとき。
こっそり聞いてみたんだ。
そしたらこの人は言う。

「よく見てたね。でも理由はいえない」

(理由はあるんだ)

そのときこの人が家から持って来てくれた、ハーシーズ2つとヨーロピアンシュガーコーン。
食べ終わって以来、とりあえず授業中のこの日この時間まで、
あのとき食べたアイスの味が忘れられない。
(そしてまた思い出す)
テキトーに吐き捨てられたまま、机の下で行き場を失った上履きのこと。

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