見出し画像

共存するということ

私は虫が大の苦手だ。

今でこそ殺虫スプレーに脱皮缶というものがあるけれど、あの缶に描かれている虫のイラストでさえゾッとするので見たくない。

そんな私と虫との物語。


あれは確か小学校に入った頃。

ひとり歩く学校の帰り道に、少し乾き気味の大きなダンゴムシが行き倒れていた。
寒い寒い北国の夏は短くて、そんなに虫も多くもなく、当時はさほど抵抗もなかった。
子供だったからか。
ただ、息絶えそうで苦しそうに見えたその生き物を助けたくて、てのひらにそっと乗せて連れて帰った。

首から下げた鍵で家に入ると、ティッシュの上に優しくダンゴムシを置き、カブトムシを育てる水槽みたいなものを持って再び飛び出し、土といい感じの木と、少しの葉っぱを入れた。

これでもう大丈夫だよと、土の上にそっと置いて霧吹きで水をかけた。

それから毎日、学校から帰るとすぐに葉っぱを取り換え水をかけた。
直接かけるとびっくりするので、少し離して優しくかけた。
もぞもぞと動けるようにもなってきたし、心なしか体も大きくなった気もした。
‥そろそろ草むらに帰さなきゃかな。

そう思っていたある日、家に帰ると水槽の中にダンゴムシの姿がなかった。

蓋も開いてないないのになぜ!?
土の中?脱走?あちこち探したけれどどこにもダンゴムシはいない。
その代わり、よく見るとあのいい感じの木に茶色いサナギが・・

まさか。

まさかのダンゴムシは、サナギに姿を変えた。
幼いながらにも、こういう現象が起きる虫がいることは知っていた。
ただ、その頃知っていた蝶とも随分様子が違うけれど。
でも、これではまだ外へ帰すことはできない。
それからも毎日、食べもしない葉っぱを取り換え、毎日霧吹きをふわっとかけた。

そしてその日はやってくる。

いつものようにただいまと覗くと、そこにはもうサナギだった子はいない。

そこには見たこともないほど巨大な蛾が・・!
絶対怪人のモデルにされそうな、ヤシの葉のような触角を持つ大きな蛾が佇んでいる。

幼い私は感動した。
驚いて、驚いて、パニックになるくらいひとり驚いて、でもこの命の成長にすごく感動した。

そんな感動もつかの間、帰宅した大人にしこたま怒られ、捨ててくるよう言われる。
忌み嫌われるであろう、大きく気味の悪い形態だ。

玄関の前のコンクリートに座って、水槽の中のそいつと少しお話した。
彼、なのか彼女なのか。
その子といた日々は寂しくなかったし、毎日楽しかった。
成長が、少し動いたり反応してくれることが嬉しかった。

「 何か困ったことがあったらいつでも帰っておいで。」

そう言って蓋を開けた。
晴れた空に飛んでいく姿はブルーインパルスみたいに逞しかった。


困ったことがあったらいつでも帰っておいで。
確かにあの日の私はそう言った。

優しい子供だったのだと思う。
自分がかけられたこともない言葉をあの歳で。
そこにあったのは純粋に愛情だったと思う。


あれから数十年。

あの言葉撤回させてくれないかなー!
そう思うくらいに、今住んでいる外房という温暖な土地は、夏になるとずいぶん大きな虫たちがわんさかと押し寄せてくる。
毛虫や蛾も引くほど大きいし、蜂も本気の戦闘機みたいな音を響かせてやってくるし、家の中には手のひら大のクモも出る。
まるでエイリアンのフェイスハガーだ。
私はその姿にビビりまくりなのに、シガニ―ウィーバーのように戦うことになるのだ。

虫が大の苦手な今の私は、本当にこれが嫌で北海道に帰りたくなったこともあった。

だけど。

最初はその感覚を無視していたのだけれど、殺虫剤を手にするたび強烈な違和感を感じた。

罪悪感というか、強烈な違和感だ。
自分の中からの強烈な違和感だ。
そんな私にならないでと、私が必死に抵抗するような。


そもそも、嫌いな生き物は駆除していいのか。

見た目が怖ければ忌み嫌い殺してもいいのか。
人間とはずいぶん偉いものだな。

幼い頃、家の中に飾られている動物のはく製たちやツノを見て、ひとり悲しんでいた頃を思い出した。
水槽の中から元気に飛んで行ったアイツのことを思い出した。


そして去年の春、家のデッキに我が家の犬猫を集め、庭の虫たちや鳥たちに向かって話をした。
これを言うとバカにされるのだけど、私は真剣だ。
なんなら大事な会議だ。
私はみんなに向かって話をした。

まず宣言すると、これから私は、身を守ること以外で故意に虫を殺すことはしない。
棲み分けをしよう。
家の中は人間と犬猫、庭は虫や鳥やカエルたち、デッキはみんなのもの。
家に入った虫は基本無傷で帰す。
だけど猫たちに近づいたら、極力守るけど保証はできないから各自気を付けて。

あと、逆に私たちが庭に出てきて欲しくない時はそうアピールしてくれれば引っ込むから。
でもうちの犬だけは、生まれてこのかた一度も他者を傷つけたことのない世界一優しい生き物だから、どこでもフリーで許してね。

そう話し合った日から、不思議なことに家に入ってくる虫が激減した。
たまに入って来た虫は、一生懸命そっと捕まえて外へ逃がした。

なにやってるんだろうな、私は。
なに言ってるんだと思われるんだろうな。

だけど、お互い生き物だもの。
支配でも主従でもなく、駆除でもなく。
ただお互いの存在を尊重して、棲み分けながら共存していきたいと思うの。

誰とでも。


#エッセイ #生き物 #虫 #動物 #共存 #田舎暮らし #人生を変えた出会い #あの夏に乾杯

応援ありがとうございます!