鹿乃傍

この世のどこか。 名もなき鹿、寄り添うところ。

鹿乃傍

この世のどこか。 名もなき鹿、寄り添うところ。

最近の記事

まくらもと

つめたいからだを やわらかいところによこたえて うたにきいたり こえのするほうへ むかっていった ふわふわしたくらやみにはいっていくと つめたかったからだから だんだんとあたたかさがとけていく おとはすこしずつはなれて きがつけばたいらなばしょ どこまでむかっていけるだろうか そんなふうにすぎていくとき ふとふりかえれば おとがきこえてきたんだ そっとひかりをうつしてみて あちらへ こんどはこちらへ なってみたいガイドさん みちびかれるまま

    • 心地よいこと。

      純粋に、身近な人を尊敬してる。僕にはない視点を持っていて、そういうところを凄いなって思ったり、新鮮な驚きを見たり感じたりする。そういう事から、その人に対する肯定的な言葉が出てくるだけ。僕たちは、放つ言葉とその身に受ける言葉で、きっと何かが変わる。見えないところで少しずつ、それはそこに宿っていくような。 何か、そういう気持ちが他人にとって気持ち悪いとか、そうされて何か裏があるんじゃないかとか、そういう感じに受け取られたりするのは僕はちょっと悲しいなって思う。 あまりに語りす

      • なる、ように、なる。

        なる、ように、なる。 なるようになる、ように自分から動く しかないのではないかなぁ。 あんたはさ、まあまず動くまでに 時間がかかり過ぎるっしょ。 時間がかかり過ぎてると、 まず言い切るから。ね!笑 ここはさ。 で!で、そのかけた時間あるでしょ? その分と、きっと同じだけの時間を、 どこかで費やす。 きっとそうだし、 あんたはそれを分かってる。 それを受け入れられるって知ってんだよね。 良いとか悪いとかっていう どっちかにかたよった判断が、 好まし

        • 同じ、でない。けれど、

          人の歩いた道に、興味ある。 歩道とかあぜ道、みたいなことじゃなくて。 足跡、軌跡、経験、その人の生き方、人生譚、武勇伝。そういうもの。 大きさ、スケール、重厚感、関係ない。 むしろ、小さい程より身近で、生活感、というか日常的な気がして、寄り添えるというか共感できて、個人的に好き、かな。 どでもいいか。 例えば、谷川俊太郎さん著の、『ひとり暮らし』の中の、ゆきあたりばったりという項に、近くの韓国料理店に行って、あれこれおかずを食べたとか。最後にキムチご飯も食べ、デザートに

        まくらもと

          ことば選びミスりたくない。

          ことば選びミスりたくない。

          ◯と△の詩

          過去を手繰り寄せるように、そこには愛があるように、優しく紐解いていくための夜があった ちゃんとあったはずでしょう 君の中にはずっとあの時のままの、 淡く脆い、儚くも尊い、 ただその瞳に映るひとのことを分かりたかっただけの 心の声が今も聴こえている。 ショッピングモールの隅っこの、 ちょっぴりしたカッフェの、 中でコーヒーとケーキが向かい合わせで ◯と△しか並んでいなかった

          有料
          100

          ◯と△の詩

          写真で一句。

          秋の野へ 足並み数えて 赤リボン 鹿乃 写真を見て、“秋の遠足“を思い浮かべて。 いつもの四角い教室を離れて非日常のひと時を過ごす、子供にとって胸踊るイベント。遠足。 広い公園とか行った記憶が自分にも何となくある様な気がする。 みん

          写真で一句。

          君の目と、僕の目との間にだけ生まれる感覚を、 人はいつか忘れてしまうだろうか。 無機質な窓の向こうから見える一瞬の光よりも、 この目で見た光の連続の中に、 僕だけが見ることの出来た君を見たい。 久々のnote投稿。心地のいい表現が浮かんで、言葉にして残しておきたくなりました。

          バトン

          引き継ぐことは、忘れないことでもある。 絶えず移り変わる。巡りゆく時間の中で。 そこを離れる。何かを置いて。 何かが無くなっていく感覚がそこにある。 でも無くしたくなくて。手放してほしくなくて。 僕が持つからと、手を差し伸べたい。 あなたが持っていたもの。ここまで持ってきたもの。 ちゃんとあなたの手から、受け取りたい。 受け取ったから、あなたを忘れることはないよ。 これを持っていることで、私はあなたをいつでも思い出せる。 誰かに思い出してもらえる。 あな

          植物園に行ってきた

          日曜日、ひとり秋を感じたくなり植物園に行きました。 温室も何棟かありましたが、その植物園は広い公園のようになっていて外にも種類別にたくさんの植物たちが植わっていたので、この日はそっちを中心に見ていきました。 まずは入口付近に咲いていた黄色いコスモス。 今までほとんど見たことの無い色合いだったので、新鮮でした。どこかの大学の方の品種改良で生まれたのだとか。 サザンカ。『緋乙女』という名前が付いていました。その名の通り、緋色の強さの中に桃色の乙女らしさも感じる花でした。

          植物園に行ってきた

          好きな言葉。大事にしたい、大切にしたいと思うほどに、使いたくない、手放したくないと思うものなのでしょうか。そうなのかもしれないと思うのと、そうありたくはないと思うのが、混在する今の気持ち。

          好きな言葉。大事にしたい、大切にしたいと思うほどに、使いたくない、手放したくないと思うものなのでしょうか。そうなのかもしれないと思うのと、そうありたくはないと思うのが、混在する今の気持ち。

          若いうちに、思い切って。

          僕は考えすぎると、人生について考える。 人生について考えることが悪いと言うわけではない。ただ、ひたすら考えていても仕方のないことを考えてしまう。どう生きるか、どう生きたいか、悔いのない人生とは…。20代前半でありながら、そんな途方もない疑問に大真面目に向き合ってしまう。もっと、バランスよくしたい。考える時と、そうでない時。それがまだ、コントロール不十分だ。多分、"考えないこと" がまだ少し怖いのかもしれない。 思い出す。 いつかの誕生日だったか、クリスマスプレゼントだった

          若いうちに、思い切って。

          湯気

          よろよろと、 白く揺らめく、 温かさとは遠いような、 その立ち姿。 その姿はやがて散らばって、 もっとずっと冷たい世界に放り出される。 いつの時も、 消えゆく姿は儚いものですね。 儚さを背負ってまで、 生き続けたいのですね。 冷たく漂い、 どこかでまた、 誰

          頭はいつでもプラス思考

          色々考えすぎだったり、気を回しすぎだったり "程よさ"がなかなか身につかないけれど 考え過ぎないことを意識していれば 少しずつ変わっていけそう。 色々と、考えることはいい事だと思っているけど プラス思考をまずは意識しようと思う。 あれこれ考え過ぎると 悪い方向にばかり気が向くから 自分の価値観で良いと思う方向に考える。 そうすると自ずと考えすぎる事が無くなってくる ...気がする。 それから、失敗を恐れないこと。 これも大事な意識のひとつだ。 失敗を

          頭はいつでもプラス思考

          早けりゃいいってもんじゃない。

          『 焦らず少しずつだよ。』 そう、言われた。 確かに最近何だかそわそわとして落ち着かない。 早くこうなりたい。もっとこうじゃないと。 なんか、焦りを感じていると思う。 周りに、置いていかれる気がするのかも。 何だかどんどん進んでいくように見えるのだ。 テキパキとしていて、効率が良く、素早い。 自分はとろいし、マイペースだし、効率が良くない。慎重派だと自分でも思う。 取り残されたくなくて、でも迷ったり考えてばかりな気がして、なかなか前に進んでいる気がしなくて...。もっと

          早けりゃいいってもんじゃない。

          話したい事、話せないこと。

          人に何かを話すのは、何だか気が引けてしまう。 自分がしたい話をしたいだけなのに、何か意味のある話をしなければならない。オチのある話でなければいけないだろうか。タメになる話ならいいだろうか。つまらないとか思われるかな。 そんなふうに考えてしまう。 いつからそんな風には思うようになったのかは分からない。いつの間にか、話したいことを話しづらくなっていた。 だから、noteを書き始めたのかな。と今思った。 その日の出来事や、どんな風に思ったか、感じたかに意味が欲しい。確かな

          話したい事、話せないこと。