Ep.3 ある嗤い

 デリバリー をやる人はだいたい自分の土地勘の働く範囲のホームグラウンドのようなものを持っていて、できるだけその内側で回るものだと思う。けれども、配達先がその範囲の外に飛ばされることもよくあり、一度飛ばされるとホームの外で回り続けなければならなくなる、なんてこともある。今回は、そのホームの内と外のちょうど境目くらいにある、あるショッピングモールで起きた出来事だ。
 新しい配達依頼を告げるアプリのコール音が鳴ったとき、私はちょうど初めて訪れるそのモールの前にいた。ピックアップまでの時間を節約できるので、ラッキーだと思った。だがそれも一瞬のことで、画面内の店名の下に表示される注意書きを読むと、次のように書かれていた。こういう指示は初めてのことだった。
 「ピックアップの際は搬入口から入店してください」
 ため息が出た。店はいま自分がいる場所の目と鼻の先である。ドアをくぐればすぐだ。けれども、どこにあるんだかわからない搬入口に回れという。しかたなく、自転車でモールの周りをなぞるように移動していくと、150mくらい移動したところで搬入口が見つかった。インターホンを押し、入り口をくぐると、警備室の前に出た。
 警備室には2人の男——年齢的にはドラマ「相棒」シリーズの主役の2人くらい離れている——がいて、私はその若い方に入館証を渡され、名簿に名前と電話番号と入館証記載の番号を記すように言われた。なぜ、無駄に移動させられた挙句、名前と電話番号を第三者に明かさねばならないのか、と残念な気分になった。
 雑に記入した後、早く行かなければと思って、移動しようとすると、「ヘルメット!」と警備員が言う。「ヘルメット、取ってください」ああ、脱帽状態の顔のチェックか、と思ってヘルメットとついでにマスクを外して、警備員と顔を合わせる。年配の方の警備員は彼の横で事務作業的なことをしている。
 これで目的は済んだかと思って、マスク、ヘルメットを再び着けようとすると、「ヘルメットはここに置いていってください。館内禁止はヘルメット禁止です」と言って、名簿の置かれていたところと同じ台を指し示す。「いや、ヘルメット言うてもフルフェイスヘルメットちゃうし、何のため? そもそもワシ、Δ(デルタ)株のヤバさ認識して以降、美容院すら我慢してて髪の毛ボーボーでそれがヘルメットで押さえつけられてペシャンとなっているこの状況、あなたに見せるのですら悲惨だと思ってるんですけど、これでモール内を歩かせるの?」と言いたいのを押さえつつ、仕方なく従う。
 渋々ヘルメットを置く。そのとき警備員は少しだけ満足そうな顔をした。私はそれにイラッとして、警備員室に背を向けて店内へ移動を始めたとき、思わず舌打ちをしてしまった。「チッ」という音がその場に響き渡ると、警備員室から2人の男の「ハ、ハ、ハ!」という笑い声として、それは私の背中に返ってきたのだった。

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