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『フリーター、オーロラを見にいく。』 #2 半年間、週8バイト生活決定

(1164文字)

#2

それからぼくは旅行会社に行って、オーロラ旅行について色々と話を聞きに行った。
そこで知ったのは、どうやらオーロラが見られる場所はこの世界にそう多くはなく、旅行となると、北欧かカナダかの二つの場所に絞られるようであった。
北欧ツアーは70万円。カナダツアーは50万円。カナダの方が安い。しかも、オーロラの出現率の高さもカナダの方が高い。
これはフリーターのぼくにとって、カナダを選ばない選択肢など存在しない。

「そうですね、オーロラ以外のツアーが充実しているのは、フィンランドなどの北欧の方...」
「カナダでお願いします。」
「北欧は大丈夫そうですか?」
「カナダでお願いします。」
「かしこまりました。それではカナダの方で
 ツアーのご準備を...」
「カナダでお願いします。」

こうしてぼくは、カナダのイエローナイフで5泊のオーロラツアーを申し込んだ。
後日(9月半ば)、予約金として先に15万円を払いに再び旅行会社に赴いた。
この額を払ってしまえば、完全にぼくは旅行に行くことが決まってしまう。つまりは、この2023年の9月から2024年の2月までの約半年間は、週8で働き詰めの日々が確約されてしまう。
ATMから15万円を引き落とし、封筒にしまう時、その額の大きさよりも、自分の時間が削られてしまうことの方に思いを馳せた。

「それではこちらのツアーでご予約の前払い
 ということで、お先に15万円を...」
「カナダでお願いします。」
「残りの額に関しましては、1月8日までに
 必ずお支払い下さ...」
「カナダでお願いします。」
「また、合わせて1月8日までにパスポートの
 取得と、マイナンバーカードの取得と、
 カナダ電子渡航認証etaの取得を...」
「カナダでお願いします。」

こういった具合で、ぼくはこの23歳の半年間をオーロラのために生きることに決めた。
50万円という末恐ろしい金額の内訳は、ツアー代の38万、現地での旅費の10万、パスポート取得代、−30℃に耐えうる防寒着の買い物諸々で10万。そう、結果的に言うと、ぼくは60万近くの額をオーロラ旅行に捧げたのだ。いくらフリーターとはいえ、家賃が5万円以上となると(5万円でも東京では見当たらないほど安いが)、さすがに半年で60万円を貯めるのは厳し過ぎる話しだ。しかし、何度だって言うが、当時のこの男の家賃は2万8千円だ。だからこそ、この男はオーロラを目指せたのだ。
だが、この時の彼は、まだ気づいていない。
これから始まる本当の恐怖を。

契約後、男は浮かれた調子で、吉祥寺のウイスキー屋を徘徊し、大金出費後の錯覚で、全てのウイスキーを安く感じ、オーロラの景気付けだ!とまるで訳の分からないことを言い張り、宮城峡やアンノックやデュワーズ12年を買い込んで、その夜遅くまでウイスキーに身も心も奪われていた。

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