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金曜日の夜に【創作日記】

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その喫茶店は、最寄り駅の繁華街に立ち並ぶ建物の中にあった。

その中でも、ひと際目立つようなレトロな看板が目を引く喫茶店は、この繁華街では老舗の喫茶店として有名だった。

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僕はその喫茶店で開催される自主映画サークルの会合に、二ヵ月に一度の割合で参加している。その会合は毎月、第一金曜日の夜に開催されていて、もう三年近く続いているサークルだった。

映画制作関係者・映画監督・俳優のたまご・デザイナーのたまご・小説家志望者・音楽関係者などが集まり、自主映画の上映会や、映画の企画会議のようなものをしている。あるいは、不定期に参加者の有志が自主制作の短編映画を上映することもある。そのサークルは、いつ孵化するかわからない、永遠に孵化することがないかもしれないたまごたちの、ユニークな活動拠点になっているようだ。

主催者の父親が亡くなったことで、長年経営していた喫茶店は閉店した。

当時、主催者の男性は映像関係の仕事をしていて、喫茶店経営を直接引き継ぐ意志はなかったようだ。

四年前、父親が残した喫茶店を空店舗のまま置いておくのはもったいないと思い、一階の喫茶店を雇われ店長に任せ、二階の住居で彼は生活を始めた。そのときから、自営業である彼の事務所の所在地は、この店舗の建物に移転した。そして一階はの喫茶店は、彼の仕事の打ち合わせ場所も兼ねるようになった。

ある金曜日、その会合で話し込んでしまった僕は終電を逃してしまい、二階の住居に泊めて頂いたことがあった。建物の裏手が中庭になっていて、テラスは南向きだった。日当たりが抜群なこともあって、彼の父親はテラスに部屋をつくり、植物を育てて暮らしていた。

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テラスを改造した部屋にはテーブルと椅子があり、僕は、彼と共にその場所で軽い朝食を摂った。

「明るい部屋ですね」と、僕は言った。

「親父がこの部屋を気に入っていてね。日中は、よくここで飯を食ってたんだ。このテラスで自分も飯を食うようになって、最近、親父の気持ちがわかるようになったよ」

彼はそう言って、少し寂しそうに微笑んだ。

                 了

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