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(短編)真夜中のタクシー

 今晩も終電とっくに過ぎたので、しとしと雨が降りしきる夜の街、私お気に入りの水玉の傘をさしてしばらく探し歩いてそれで、ようやくタクシーに乗れたんだけど、道路の指定で間違えたことをやたら運転手のおじいちゃんからんできて。

「えぇすみません…」
 とか言ってたら、

「遅くまでどうしたの」
 と聞くので私、

「えぇと…社長に誘われて飲んでました」
 って正直に白状してしまって、すると

「へぇ社長と、またなんで」
 と聞くので私、

「えぇっと…実はまだ入社したばかりなんですけど、なんか2日でナンバー2にされてしまって、色々大変なんですけど」
 ってつい言ってしまって、おじいちゃん一瞬無言でミラーでこっち見てそして、

「へぇ、すごいねえ、でも若いもんが東京にくるけど、なかなか上手くいかなくて悩んでる話しばかり聞くよ」
 とか言うので私、

「えぇっと、…私も相当苦労してきましたからね…」
 って言うとおじいちゃん、大事なのは恨んだり妬んだりしないことだとか、お金を目標にするんじゃない、おらぁ金額じゃなくて一日40人運ぶのを目標にしてる、近い人ばっかでも運ぶ、とかいろいろ語り出したので私、

「分かります、恨んだり妬んだりしないことは大切ですね…」
 ってつい言ってしまって、それでおじいちゃんは自分の人生語り出して、真珠の養殖を30年やって5000万稼いだこともあって組合長にもなった、真珠の養殖は難しく魂を込めなきゃならないこと、けど組合の若い者は儲かった先代の2世3世なので楽して儲けてて精神がなっとらん、だから真珠の養殖は難しく魂を込めなきゃならないってこと、それで彼らは失敗し始めること、おじいちゃん一度だけ人を殺したことがあること、暴力的な意味ではではなく。それは前の組合長がやり方が汚かったから、それで俺も決断して決起してやめさせたとかいうこと、でも恨んだり妬んだりはしていないこと、それで自分が組合長になったこと、なってからおごりで飲ますことが多くなって飲み代で稼ぎが吹っ飛んだこと、そうして頑張ってきたけどけどある年の不作で全部すっ飛んで、それで困って家族と東京に来て、家族を養うためにタクシーやってるけど今は厳しい、それでも大事なのは恨んだり妬んだりしないで、一日40人運ぶことなんだ、お客さんに喜んでもらいたいから何たらかんたら、とか言うので私じっとだまって聞いていてそれで私、

「分かります」
 って言って続けて、

「おじさんの運転気持ちいいですもの」
 ってつい言ってしまって。するとおじいちゃん、

「分かるかい?気をつけてるんだ、それでよく上手いって言われる、今日もおじいさんに言われた、急発進しないように急ブレーキしないようにしてウンタラカンタラ」
 とか言うので、私じっとだまって聞いていてそれで、

「分かります」
 って言って続けて、

「おじさんの運転、信号の200m手前からゆっくり減速してるし、急発進をしないよう必ずクリープでゆっくり発進してるし、それに曲がるときロールを意識して曲がってますよね、えぇとロールっていうのは重心移動のことで」
 って言ったらおじいちゃん無言でミラーで私の方見るの、私見逃さなかった…。

 しばらくしても沈黙が続いてたので、私何か喋らなきゃまずいと思ってしまってついうっかり、

 「私も将来、タクシーの運転手やりたいんです。車の運転が好きだし道を覚えるのも好きだから、あ、さっき間違えたけど(てへ)。…あでも、タクシーなかなか来なくて困ってるお客様を載せておじさんみたいに気持ちよく運転したいんです」
 って言ったらおじいちゃん、信号待ちの間中ミラーで私の方見てだまってたので、私もおじいちゃんが見つめる目をじっと黙って見つめていたんだけど、それからしばらくして信号が変わったので私、

「青になりましたよ」
 って言って、するとおじいちゃん発進するとまた喋り出して、

「偉いねぇ、おらぁ…」
 って語り出したけど、私すぐに、

「あ、そこの橋を渡ったところ左に曲がって下さい」
 ってちょっと体乗り出して言ったんだけど、言う通り曲がってくれたけどおじいちゃん、引き続き大事なことのようなことを語り続けるので、私座り直してじっとフロントガラスににじんで映る雨の夜の街のネオンライトを眺めながら黙って聞いて、じっと黙って聞いてたんだけど、終わったかな…?っていうタイミング見計らって私、

「あ、ここで止めて下さい」
 って言って止めてもらって、それでおじいちゃんのお釣りの計算テクニックを聴きながら精算してもらって、それで私最後に降りる時にこう言ったの。

「私必ずおじさんのようなタクシーの運転手になりますよ。おじさんの運転のような、気持ち良い運転でお客さんに喜ばれるタクシーの運転手に、きっとなる。」
 って…。

 それでお別れして降りて、私は強くなった雨の中水玉の傘をさしてタクシーが行くのを見えなくなるまでじっと待って見送って…。

 それから私、反対方向のタクシー拾ってマンションに帰って結局倍かかったの、ちょっとおじいちゃんを恨んでる。今度からは橋を渡って左折してすぐでいいってこと、ちゃんと最初から伝えようって、いまモーレツに後悔してる。
 流石にこのタクシー代は会社に請求できないな…って。

楽しい哀しいベタの小品集 代表作は「メリーバッドエンドアンドリドル」に集めてます