獣帯人間

「ルネサンスの医学と占星術にみる小宇宙としての身体」


1. ヴェネツィアで獣帯人間に出会う

2018年10月に、西欧ルネサンス期の医学についての国際会議に参加するためにイタリアのヴェネツィアを訪れました。この国際会議では、プログラムの一環として同時期に開催していた展覧会「ティントレットのヴェネツィアにおける芸術、信仰、医学」 Art, Faith and Medicine in Tintoretto’s Venice(会期2018年9月6日から2019年1月6日)を訪問することになっていました。

この展覧会は、イタリアの美術史家とアメリカの医学史家の共同作業を中心に企画された野心的なものです。ティントレット(Tintoretto, 1518-1594)はヴェネツィアで活躍した芸術家で、ルネサンス後期のヴェネツィア派のひとりとして知られて、宗教画を得意としました。展覧会は、彼の作品を中心に当時のヴェネツィア派の視覚芸術にみる新しい身体観と表現を、同時代の医学書から集められた多数の図版で彩るものでした。


なかでも個人的に目を惹きつけられたのが、ヴェネツィア在住のドイツ人医学者ケタムのヨハネス(Johannes a Ketham, c. 1415-1470)が編纂した『医学論集』Fasciculus medicinae(ヴェネツィア、1491年)に収録された図版群の一枚でした。


人体と黄道十二宮の関係をあつかっているものです。黄道十二宮は獣帯とも呼ばれることから、「獣帯人間」といわれるものです。とくにインターネット上でよく知られている『医学論集』の図版は白黒ですが、展覧会で展示されていたものには、ほんのりと着色されていました。それぞれの季節をあらわす12の星座が、対応する身体の部位のところに描かれています。

  頭部に3月を示す牡羊座 aries

  首(首と喉)に4月をあらわす牡牛座 taurus

  両腕に5月をあらわす双子座 gemini

  胸元(胸と肺)に6月をあらわす蟹座 cancer

  その下に(胃)7月をあららす獅子座 leo

  腹部(肝臓と腸)に8月をあらわす乙女座 virgo

  下腹部(腎臓と膀胱)に9月をあらわす天秤座 libra

  性器に10月をあらわす蠍座 scorpio

  尻部に11月をあらわす射手座 sagittarius

  膝に12月をあらわす山羊座 capricornus

  下肢に1月をあらわす水瓶座 aquarius

  足元に2月をあらわす魚座 pisces

これらの星座は、天空という「大宇宙」(マクロコスモス)を彩り、一年という時間を分割して支配するだけではなく、それぞれが対応する人体の諸部位の働きの良し悪しに影響を与えるかたちで人体という「小宇宙」(ミクロコスモス)をも支配すると考えられていたのです。これはたんなる民間伝承のようなものではなく、ルネサンス期のヨーロッパ各地の諸大学で正規に教えられた医学理論だったのです。


2.身近なところにも獣帯人間を見つける

2019年2月末に工作舎から出版された『ルネサンス・バロックのブックガイド』は、その前身であるウェブ連載のときから、ある図像をシンボルとして採用してきました。それが、1480年代に成立した『ベリー公のいとも豪華なる時禱書』に収録されている人体と12星座の照応を示している有名な図像です。この連載が本として出版されるさいにも、この図像がカヴァー・デザインのもとになりました。


画面の中央に性別の不明瞭な人体が直立し、それをとりかこむように黄道十二宮が描かれています。しかし、それだけではありません。この中央の人物のうえにも重ねて、12星座のシンボル像が描きこまれています。つまりこの図像も「獣帯人間」をあつかったものなのです。

そして、よく注意して観察してください。やはり頭部には牡羊座が、首のところには牡牛座が、両腕には双子座が、そして喉元から下方にむかって、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座という順番でならび、最後に魚座が足元におかれています。

この『ベリー公のいとも豪華なる時禱書』の美しい図像(制作年代は1410年から1416年ごろとされています)も、ケタムのヨハネスによって編纂・出版された医学書で描かれているような占星術的な理論としっかりと歩調をあわせたデザインがなさているのです。


3. 話題の展覧会でも獣帯人間に会える!

さて、東京の町田市立国際版画美術館で現在開催されている展覧会『THE BODYー身体の宇宙ー』(会期は2019年4月20日から6月23日)が近ごろインターネット上でも話題となっています。『ルネサンス・バロックのブックガイド』にも寄稿されている栗田秀法さんの紹介記事もご覧ください。

この展覧会の英題は「ミクロコスモス(小宇宙)としての人体:芸術、解剖学、占星術」The Human Body as a Microcosm: Art, Anatomy and Astrology ということで、お察しがつくとおり、前述の最先端をいくようなヨーロッパでの展覧会と非常に近いテーマをあつかい、先進的なコンセプトのもとに組織されている展覧会です。まさに『ルネサンス・バロックのブックガイド』で展開される世界と、とてもマッチする内容をもったものなのです。


なかでも注目したいのは、グレゴール・ライシュ(Gregor Reisch, c. 1467-1525)が編纂した『哲学の真珠』Margarita philosophica(フライブルク、1503年)に収録されている一枚の図像です。ライシュはドイツの人文主義者で、彼の『哲学の真珠』はすべての学知を手ごろな一冊の書物に凝縮するという百科全書的な目標のもとに編纂されたもので、16世紀をとおして何度も再出版され、ドイツを中心にベストセラーとなりました。

『哲学の真珠』は全12書からなる構成で、第1書は文法、第2書は弁論術、第3書は修辞、第4書は代数、第5書は音楽、第6書は幾何、第7書は天文学、第8書は自然哲学、第9書は自然物の起源と錬金術、第10書は動物と植物、第11書は人間の霊魂と知性、第12書は倫理にそれぞれの書が対応していています。

第5書の音楽や第9書の錬金術、そして第11書の人間の知性についての議論も非常に興味ぶかいものですが、とくに第7書は第2部として占星術にあてられています。そしてまさに、この部分に問題の図像(展覧会カタログの図版64番)が収められています。

この図版をじっと観察してみてください。なにか気がつきませんか?そうです、これもまた獣帯人間なのです。人物の頭部には牡羊座 aries が、首には牡牛座 taurus がいます。さらに画面左側にある人物の右腕に双子座 gemini が描かれ、内臓には上方から順番に獅子座 leo や蟹座 cancer と乙女座 virgo や天秤座 libra が配置されています。さらに下方に視線を向けると、性器に蠍座 scorpio が、太ももに射手座 sagittarius が、膝に山羊座 capricornus が、下肢に水瓶座 aquarius とつづき、最後の足元に魚座 pisces が配置されています。たしかに蟹座と獅子座の順番が入れ替わっていますが、その他の星座の順番と照応する人体の部位は、前述の2例とほとんど一致しています。

 こうして、ほぼ同時期に描かれた3枚の図像、そこに描かれた占星術的な医学理論のつながりが見えてきたと思います。もちろん細部の議論は、これらの図像が象徴的に説明しようとしているテクストを精査しないといけないでしょう。しかし、ひとつの図像がもつ隠された意味を探るための旅の第一歩として、なかなか興味ぶかいテーマではないでしょうか?(おわり)


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