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喉の渇きは空腹より辛い。

本当のことだった。

拘束が解かれる前は記憶が不確かだけれど、喉が渇いてひたすら「水をください」と頼んでいたように思う。

あまりにも口の中がパサパサで声もほとんど出なくて、気付かれなかったのかもしれない。

でもその時はICUの看護師さんたちに無視されているのかと考えていたから、心が先に参ってしまった。

誰か通りかかるたびに

「助けてください…水をください…」

と懇願していた。

水のためなら何でもしようと思えた。

数時間に一度ほんの僅か…小さじ一杯程度を吸い飲みでもらえるだけだった。数時間というのが本当なのか、あまりに辛くて長く感じていたのかはわからない。


暴れるのをやめたので拘束が解かれても、体はまるで動かず、やはり渇いていて、水が欲しかった。

しだいに周りの様子が見えてきて、自分がなぜか病院のベッドにいることも点滴されていることも分かったけれど、いくら頼んでもなぜ水をもらえないのかは全く理解できなかった。

看護師さんが様子を見に来るたびに懇願し続けていて、あまりに可哀想に思われたのか、小さなグラスに(コップやグラスというよりはビーカーに近かった)ひと口で飲み干してしまう量を何度かもらったけれど、足りない。

「水ね、あげたいけれど今はダメなのよ」

「予定よりだいぶ多く飲んでるから、我慢してね」

「先生からの指示なのよ」

「点滴してるから、水分は足りてるのよ」

喉が渇いて水分をたくさん欲しくなるのは、糖尿病の症状の一つだと、ドクターに説明されるまで知らなかった。

そのうち、氷なら少しあげられると、グラスに小さな氷のカケラをいくつか入れてもらえるようになった。

急いでグラスを取りあげたりしないのに、こぼさないよう、誰にも渡さないよう、両手でしっかり持って一滴ずつ舐めるように飲んだ。

「病棟に上がったら、好きなだけ飲めるからね」

と励まされたけれど、

「いつ、ですか?」

と尋ねても明確な回答はなかった。

後からいろんな状況を合わせて考えてみると、主治医のいる金曜日に担ぎ込まれて、次の出勤日の月曜日までICUにいたようだ。

その間、空腹は感じなかった。

実際には何日も経っていて、胃袋は空っぽだったのに。

ひたすら喉が渇いているのが辛かった。


「ごめんね、恨まないでね」

「恨んでませんが、水をください」

そんなやり取りを何度しただろう。

背中の痛みを訴えたら、体を冷やすことは十分にさせてもらえるのに。

水を飲むためにベッドから降りて動こうと思ったけれど、腰が抜けたように力が入らなかった。

あの時はあまりの辛さにまとまって物事を考えることができなくて、浅く眠ったり、目覚めてもぼんやり一点を見つめたりして過ごしていたのだけど、ベッドから降りられないよう腰のあたりは固定されていたのかもしれない。

一般病棟に上がることが許可されてベッドから降りた時、車椅子に座る前にヘタヘタと崩れ落ちそうになった。たった4日で別人の身体になったみたいだった。

「もう、これからはどんどん水が飲めるからね」

それがICUを後にする時の看護師さんからの最後の言葉だった。




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