名作、お子4D。

本稿は文学フリマ東京で販売したエッセイ本「チャーミーグリーンに挑む(2018年5月18日の出産に向けたお気持ち準備号)」に収録したものです。現在、本の続編として育児エッセイ「こうしておれは父になる(のか)」をcakesで連載中です!

妊娠や出産の受け止め方は1人ひとり違うというが、それにまつわるエッセイを読むと、大体作者が感動して泣いてるシーンが登場する。そういうのを見るたびに「おれはいつ涙腺崩壊するのか」と考えていた。めっぽう涙もろい人間なので、その瞬間が来るのをドキドキしながら待っていた、おなかを痛める側ではないのに。

11月、妊娠初期から中期に、そして隔週のエコー検査が生存確認というより成長を見る機会に変わりつつあった頃。友人と産院について話していたとき、新型出生前診断(NIPT)で染色体の検査を受けたという話を聞いた。ダウン症などの可能性を持つ染色体異常の有無を調べるやつだ。

検査の方法は複数あり、そのうちのひとつで羊水を採取して調べるやり方を聞いたものの、それは採取によって数百分の1の確率で流産する可能性があるとも聞いていたので控えていた。しかし友人から聞いたNIPTというのは血液採取だけでいいらしい。事前に知るのがよかろうと彼女に「やりたい」と告げ、今の病院ではやっていないので、検索で出てくる病院をいくつかピックアップした。しかしまあこれが大人気で、どこも満員。そしてさらに調べていくと、NIPTではなく初期精密超音波検査というエコーのすごい版による検査もあるというので、それのキャンセル待ちで滑り込んだ。

この検査を外来で受けるには、まずスタッフによる約1時間の事前カウンセリングが必要だった。聞いた内容は、検査の仕方やその結果わかる染色体異常がどんなものかというもの。染色体異常の可能性は年齢別でざっくりいうと20代前半で1000分の1、30歳で800、35歳で400、40代以上で100を切る程度だそう。高齢出産のヘビーさを実感し、50歳で第一子を産んだジャネット・ジャクソンマジですごいなという気持ちが起こる。ついでに歌姫が「35歳で羊水が腐る」というシャレにならない冗談を言った件についても改めて確認したが当然デマだと呆れ顔で教えてもらった。

そして、説明は染色体の話題にとどまらなかった。というか、この話にあわせ、私たちは検査結果を受けての判断をくだすことへの倫理を暗に問われた。「仮になんらかの疾患を抱えて産まれても、子どもはきちんと生きていけるんですよ」なんて話を聞きながら、違和感を覚える。親族にダウン症の人がいるが、そこまで深い関係ではないにもかかわらず、暮らしていくことの大変さが相当なものだと見聞きして私は育った。万一なにかあった場合は心の面も含め、十分すぎるほどの準備がいる。いったいその情報を事前に知ることの何を責められているのだろう。はさみこまれた行間にムム、とする一方で、言うて私たちが「もし産まれてくる命に何かあったら、どういった判断を下すのか」という話をきちんとしていなかったことにも気付かされた。検査前にその話をして、明確にどうだという答えは出ず、まずは事実をということにした。結局これは問題の先送りということだろうか。

検査当日を迎えた。やることは普段のエコー検査と同じなのだが、勝手が違っていたのは、一度診察室のドアを締めたら、検査が終わるまでは絶対に開けられないということ。これから知る情報はそれだけセンシティブなのだということを改めて知り、なるほどと思う。妻は診察室のドアを開けたまま、外のWi-Fiを拾って仕事していた自分を待っていたそうだ。すまんかった。

いつもの診察室とは違って、空調や照明で繊細にリラックスムードを作ってくれていた室内。私は天井から下がるモニターの正面に座らされ、その背後には人のよさそうな男性医師とベッドインした妻がいる。医師にぬるぬるゼリーをぶっかけていただき、おなかと陰毛をさらけ出した妻の中にカメラが潜入。「ほら、これがお子さんですよー」と言われた映像が、なんていうかX JAPANだった。

モニターに映ったいつものエコーが、なんかスペシャルボタンみたいなのを押した瞬間に肌色っぽい自動着色と立体表示処理された像で現れる。映像には両手を顔の前で出して「X」を作る、ああこれ、紛れもないお子や! Xファンを「運命共同体」と総称するけれど、このヒトもおれたちの運命を共にするお子だ。確かにヒトで、お子なのだ。今まで砂嵐の中で見ていたそれが、4D処理?によって焼く前のパン生地みたいな質感で立体感を持った胎児の映像としてしっかり目に飛び込んで、実にかわいくしている。目から入ってきた情報を通じて、ようやく子どもを実感できた。

ものすごい角度で子宮に詰め込まれている五体、ふっかふかの命。眠っているか未成熟か、閉じた目はやさしいし、ほかの部位も足が長いとか頭が丸いとかヒトであるということ以上の情報がある。そして、お子はよっこらよっこらと窮屈そうに子宮の中を動いてみせてくれる。感情が芽生えているか確認することは難しいのだけれど、羊水の中をもぐもぐと動く様子は、しっかりと人間しているとしかいえない。

しばらくして医者は立体映像をズームさせ、血流をはじめとする体の細部を調べ始めた。そして検査機の機能でズームした心臓部に動脈を赤、静脈を青に表示させ「それぞれちゃあんと流れていますね」と話す。異常の有無の基準となる首部分の肉はこれぐらいの厚さで、それが正常値だってことも教える。そして心拍。今まできちんと音として聞いていなかったが、「聞いてみましょう」と言って何か操作したとたん、部屋の中で150BPMくらい、DJ音ネタの「ヒュオッ!」というようなサウンドに近い心音が「ヒュオッヒュオッヒュオッ」と断続的に響く。すべての情報が、お子をお子と教えて、そして生きているんだということを私に刻みつけた。

ああなんてこと。私のいちもつから飛び出した何億個の一つがきっかけになって、こんなスケールで同じ世界を泳いでいるなんて。なんて大それた育みの物語か。自分の尿道すらも褒めてあげたくなる。

もう何も科学的なことを考える余裕はなかった。こうもきちんとしたモノが後ろの女性から創られていること、それが仕事や作品とはまるで違う過程で、しっかりとした形となって育まれているという超越的な誕生。しかもそれが、もしかしたら何かに喜んだり悲しんだり愛したり冷たくしたりを繰り返していく冒険を始めていくかもしれないこと。全部の可能性を持った生き物として、ある一連の道のりがありありと見えて、とても美しいな、という感情しか湧いてこなかった。

私はもう親としての自覚だとか健康面の安心だとかを完全に忘れた。至近距離の女性の中に入れ子で奇跡がインしてる、美しき親子丼に愛がすごい。気付いたら1粒2粒4粒16粒と涙が止まらなくなり、後ろを振り向くことができなくなっていた。

診断結果としては、何かある可能性は横アリキャパのうちの1人くらいの可能性ということだった。安くない出費が一連の検査に発生したが、ただただうれしいので、もう頑張って働こう以外の感想は出なかった。今まで命と呼んでいたそれが、この日からしっかりとお子に昇格。そんなライフイベントだった。

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本人

チャーミーグリーンに挑む 〜妊婦見守り期〜

妻と出産予定の第一子について書き連ねていったエッセイ。5月6日の文学フリマ東京に出品した「チャーミーグリーンに挑む(2018年5月18日の出産に向けたお気持ち準備号)」より何話か抜粋します。
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