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なんで美術史を学ぶの?この疑問に入門書はどう答えているのか、比較してみた。

美術史を学ぶ理由って何なの?なにかいいことがあるの?

美術史のことなんてぜんぜん知らないよ~という方は、こういった疑問を最初に抱くんじゃないでしょうか。

この疑問は素朴でシンプル、かつ本質的です。

だからこそ、真剣に答えなければいけないなと感じます。

でも、それはなかなか難しそうです。

そこで今回は、美術史の入門書では、この疑問にどのように答えているのかをいくつか比較してみたいと思います。


取り上げる本は、次の4冊です。

1.E.H.ゴンブリッチ『美術の物語』

2.三浦篤『まなざしのレッスン ①西洋伝統絵画』

3.池上英洋『西洋美術史入門』

4.マルシア・ポイントン『はじめての美術史 ロンドン発、学生着』

手元にすぐ用意できるものの中からピックアップしてみました。


1.E.H.ゴンブリッチ『美術の物語』の場合

この本は、1950年に出版されてから現在に至るまで、世界中で読まれ続けている西洋美術史入門書の古典的名著です(残念ながら邦訳はすでに絶版で、価格も高騰していますが...)。

ゴンブリッチ先生は、美術史を学ぶ意義をどのように説明しているのでしょうか?

序章から抜粋してみます。

実のところ、絵や彫刻を好きになるのはどんな理由からでもいい、と私は思っている。〔中略〕しかし、とんでもない連想から偏見が生まれ、せっかくの楽しみが台無しになってしまうこともある。〔中略〕好きになるのは、どんな理由からでもいいけれど、嫌いになるのは、どんな理由からでもいいというわけにはいかない。(p.21)
問題をきちんと議論すれば、なにはともあれ絵をよく見るようになるし、絵をよく見れば、いままで気づかなかったことにも気づくようになる。こうして芸術家たちが目指した調和とはどんなものだったのかを深く味わう感性が磨かれる。そういう感性が鋭くなれば、芸術の楽しみも大きくなるので、結局、それが大切なことなのだ。(p.33)
美術の歴史が少しでもわかれば、芸術家たちがどうしてこういうやり方をしたのか、なぜこういう効果をねらったのかを理解する助けになると思う。なにより美術作品の特色を見ぬく目が鋭くなり、いっそう微妙な差異も感じとれるようになる。(p.34)

ゴンブリッチ先生が言っているのは、作品を注意深く見ることで偏見を克服していけば、いままで気付かなかった作品の良さを捉えることができるようになり、それが人生の豊かさに繋がっていくということです。 

そして、作品をよりよく鑑賞するために、美術史を知識として入れておきましょうというわけです。

この見解は、まさに教養主義的で、今でも根強く支持されている古典的な規範をよく表していると思います。

実際にこの本は、名著と言われるだけあって、その期待に十分すぎるほど応えてくれています。

最近出版されたような入門書でも、ゴンブリッチ先生のように、まずは教養主義的な側面から美術史を学ぶ意義を説いているものは多くあります。

(また、ゴンブリッチ先生は、感性は磨けるものであると考えているようですが、これは別の記事で解説した岡本太郎の考えと対立していて興味深いです。)


2.三浦篤『まなざしのレッスン ①西洋伝統絵画』の場合

この本は、東京大学の講義をもとにした絵画鑑賞の入門書です。

西洋の伝統的な絵画を読み解いていくために必要な知識や、作品のどのような点に注目したらいいのかを具体的な作例から実践してくれています。

この本の「はじめに」には、以下のようにあります。

絵を見ることは、もしもそれが楽しくなければ、その人にとっては単なる苦行か時間の浪費に過ぎません。しかしながら、それを「美」と呼ぶか呼ばないかは別にして、作品に封じ込められたさまざまな力が解き放たれ、私たちの普段の生活では味わえない、知的な興奮と感覚的な喜びを与えてくれる至福の瞬間があるのは確かなことなのです。一度そのスリリングな官能性を味わってしまうと、あなたもまたこの道から抜け出せなくなるかもしれません。(i)

読者を誘惑するかのような文句が印象的ですね。

三浦先生はようするに、絵画を鑑賞することはとても面白く、スリリングなのだと言っています。

美術史を学ぶことは、絵を見たときにわき起こる「知的な興奮」という部分に深く関わるのでしょう。

たしかに、絵画を見ることを通して、いくつもの知識が点と点でつながって、新たな考えがパズルのように出来上がっていく瞬間というのは、とても魅力的な体験に思えます。

この三浦先生の見解は、美術作品をよりよく鑑賞するために美術史を学ぶことを促している点で、ゴンブリッチ先生とだいたい一緒ですね。

ただ、三浦先生はそれだけでなく、絵画鑑賞のスキルを養うことは、ボクたちが社会とよりよく付き合っていくために役立つとも言っています。

ボクたちの社会では今、人々があらゆるメディアを通して、たくさんのイメージに四六時中晒されており、感性が鈍感になりがちなのだと言います。

このあわたただしい生活のなかでもっともなおざりにされがちなのが、良質のイメージをじっくりと見て、眼に栄養を与え、感性を更新すること、そしてまた「見ること」を媒介にして他者を発見し、自らを再発見することではないか。私にはそう思われてなりません。(p.2)

社会にあふれる情報に忙殺され、自分を見失わないようにするために、濃密な時間をボクたちにもたらしてくれる鑑賞体験がいっそう重要な意義を持つと考えているようです。


3.池上英洋『西洋美術史入門』の場合

この本は、美術史とはどのような学問なのか?についてわかりやすく解説した入門書です。

池上先生の見解は、先の2人とはすこし違います。

ゴンブリッチ先生は、芸術家が美術作品に込めた意図を知るために、美術史の知識が助けになると説明していましたよね。

三浦先生は、美術作品の魅力を最大限に捉え、「よき趣味」を養っていくことを目的に掲げているので、ゴンブリッチ先生のスタンスに近いです。

2人は、美術作品には見て楽しむだけの価値があり、その助けとして美術史があるという前提から出発していると言えます。

一方で、池上先生は、学問としての美術史を実践すること自体の価値について語っています。

絵にこめられたメッセージを読みとってはじめて、私たちはその絵が描かれた当時の人々のことを理解することができます。つまり美術史とは、美術作品を介して「人間を知る」ことを最終的な目的としており、その作業はひいては「自分自身のことを知る」ことにいつかはつながるでしょう。(p.16)

美術作品がその時代の社会においてどのような意味を担っていたのかを知ることが、「人間を知る」ことに繋がる。それが美術史の最終的な目的であると言います。

三人の見解を簡単にまとめると、美術史は、たくさんの知識がつめこまれた辞書でもあり、美術作品をさまざまな側面から捉える方法がつまった道具箱でもあると言えそうです。


4.マルシア・ポイントン『はじめての美術史 ロンドン発、学生着』の場合

この本は、イギリスでこれから美術史を学ぶ学生向けに、最近の動向を踏まえた美術史について解説している本です(それは視覚文化論とも呼ばれ、美術史とはまた別の領域と見なす人もいます)。

ポイントン先生が美術史と呼ぶのものは、先の3人とはかなり趣が異なっています。

最近の美術史家は、芸術家たちの作品を扱うだけでなく、視覚を通じて情報を伝達しようとするほとんどすべてのものに関心を払うと言います。

例えば、テレビや映画、新聞広告に交通標識、レコードのジャケット、アニメやマンガ、さらには女性下着についたラベルなどといった、これまで誰もまともに相手にしてこなかったと思われるようなものにいたるまでです。

視覚文化は、というわけで、パンティ・ストッキングのラベルからナショナル・ギャラリーにあるレンブラントの自画像まで、とてもひろい範囲に及びます。美術史とは、こうした視覚体験がどのような効果をもつのかを探り、その深さを測りながら、体験の成り立ちと組み立てを理解するために分析を行い、体験がどんなふうに「作用」するかを見抜こうという試みです。(p.8)

ポイントン先生は、社会に溢れているイメージがボクたちにもたらす体験の一つ一つに、真剣に向き合っていこうというスタンスであることがわかります。

三浦先生が氾濫するイメージに忙殺されないために、濃密な絵画鑑賞を薦めているのと比べると、方向性が正反対と言ってもいいくらいですよね。

また、次のような例をあげて、ボクたちの身近にあふれている何気ないイメージでも、どのような役割を果たしているのか分析してみる価値があることを強調しています。

ベルニーニの彫刻はアクション・マン人形[男の子用の着せ替え兵隊人形]以上の豊かな情感と興味を鑑賞者の心に呼び覚ますことに異論を唱える人はまずいないでしょう。だからといって、1960年代のアメリカにおける幼少期の男らしさという概念の形成にあたってこの人形の担った役割を調べることが、17世紀のローマでベルニーニがバルベリーニ家と結んだ関係を研究するのより価値が低いということにはなりません。(p.58)

このような最近の美術史のアプローチは、美術作品に時代を越えた普遍的な価値があるとみなし、その質を判定することを目指すような伝統的な美術史の在り方を視野の狭いものと考えています。

ゴンブリッチ先生はその典型としてよく引き合いに出されることがあります。

もちろん、だからといって『美術の物語』が読む価値のない本というわけでは決してありません。

ポイントン先生のようにさまざまなイメージを等価に扱う美術史家たちは、ゴンブリッチ先生の功績を認めつつも、それを乗り越えようとしてきたのです。


言ってしまえば、人間の手でつくられたものならなんでもいいわけです。

誰でも自分が好きなものってありますよね。

それを思い浮かべてみてください。

では、それを見たとき、あなたはなにを感じているでしょうか。

ボクたちは、普段どのような関心を持ってそれに接しているでしょうか。

すぐに正確な言葉で言い表せる人は少ないと思います。

こういったことを視覚体験という側面から調べていって、好きなものをただ好きなだけで終わらせずに、よく理解することが美術史の実践なのだと言われたら、なんだかすこし身近な感じがしてきませんか?



以上、4冊の本が美術史を学ぶ意義をどのように説明しているかをそれぞれ比較してみました。

美術史がじつはとても懐の深い学問であることをすこしでも理解してもらえたらいいなぁと思います。

今回は、美術史入門書のイントロダクションの部分をさらっと取り上げただけなので、詳しい内容にはぜんぜん触れていません。

気になった本があったら、ぜひ実際に手に取ってみてください。

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