70歳の女子大生

 昨年、66歳の大学1年生という人を教えた。卒業した時には70歳になっている。高校は都立のハイレベルな進学校だったが、保育士(当時は保母であったはず)の専門学校に進んだので、大学には行っていない。子どもが独立して自由な時間ができたので、大学で学び直すことを思い立ったという。日本の大学はある意味異常で、20歳前後の人しか学部生にはいない。自分より年長の学生がいる状況は、緊張感があってとてもよかった。

 ぼくの授業は、戦後の若者世代と若者文化を振り返るものだった。彼女は、とりわけ60年代以降については直接的な記憶がある。大学紛争、オイルショック、バブルとその崩壊。そしてオウム事件に酒鬼薔薇くん、さらには就職超氷河期、秋葉原の惨劇…。私と同世代。しかも超氷河期世代のお子さんのいる彼女は、授業のたびに興味深いコメントを寄せてくれた。ぼくの記憶の誤りを正してくれたこともあった。本当にありがたかった。

 彼女のご実家は東京は神田で商売を営んでいた。大学紛争当時、彼女の父上は学生たちに同情的であったという。彼らの主張は正しい、と。ある日、彼女の家庭教師だった中大法科の学生が、血まみれになって店に逃げこんで来た。彼を追いかけて店に来た機動隊員に、「おれは悪いことなどしていない!警察に踏み込まれる覚えなどない!とっととけえれ!!」と温厚な父上が凄まじい形相で怒鳴ったことをいまでもよく覚えているという。

 孫(?)のような年頃の同級生たちは、彼女の目にどう映じているのだろうか。「みんな可愛いし、勉強もきちんとします。礼儀正しいし、本当にしつけのいきとどいた、いいご家庭のお嬢さんたちなのだと思います。でもね。あの人の顔色を窺って、腹の探り合いばっかりやっているような空気には、馴染めませんね。若いのだから、なりふり構わず本音を言って、大喧嘩をしてもいいのではないかと思います。先生はどう思われますか」。


 

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