冬瓜のえびあんかけと、不倫カップル
「金曜日の夜の新幹線にはな、2種類のビジネスマンが乗ってんの、知ってる?」
大阪へ向かう新幹線の中、ビールを片手にお惣菜をほおばりながら、大阪人の友人が言った。金曜日の夜、東京での出張仕事を終えた彼女と、私は東京駅で待ち合わせをして、彼女が住む大阪へ向かっている。新幹線の車中は、多くのビジネスマンで、ほぼ満席であった。
「ん?2種類のビジネスマンって、どういうこと?」
「あのな、まず、単身赴任とか出張で東京に来てて、週末は家族のもとへ帰るビジネスマンがいるやろ」
「ああ、そうね。それはいるよね。それから?もう1種類は?」
「あとの1種類は、不倫相手と一緒に京都へ向かうビジネスマンや。2列前のカップルなんか、確実にそうやで」
彼女は、片手を口元にそえて、小声になって言った。「2列前のカップル」という言葉に反応して、私は思わずちょっと立ち上がり、2列前の席に座る男女を見た。ブルーのストライプシャツを着たクールビズの男性と、黒いワンピースを着た女性。どちらも年齢は40代くらいだろう。
「ねぇ…。私の目には、夫婦にしか見えないんだけど、なんで不倫だってわかるのよ?」
「え?アンタ、にぶいなぁ。夫婦だったら、あんなにくっついて座るわけないやん。しかも、ご丁寧に手まで握ってるし」
「え?手なんか握ってたの?」
「握ってた。アタシ、さっきトイレに行く時に見たんやもん」
「よく見てるねぇ~」
「せやろ?アタシの観察眼は、この箸の先くらい鋭いねん」
彼女はそう言うと、目の前にあるお惣菜「冬瓜のえびあんかけ」に箸を入れ、ゆっくりと2つに割った。半透明になるまで、じっくりと煮こまれた冬瓜は、それほど力を入れずとも、すぅっと切れるくらい柔らかかった。ひと口で食べるには、少々大きいくらいだったが、彼女はその大きさのまま、冬瓜を口へ運んだ。
「う~ん!あんのダシの味がめっちゃおいしい!なぁ、なんで冬瓜って、夏野菜やのに、冬って書くんかな?」
「そういえば、なんでかな?」彼女の問いに、私はすかさずスマホでググった。
「なんかね、収穫期は夏なんだけど、丸のまま風通しのいいところに置いておけば、冬までおける保存食だから、ってことみたいよ。ちなみに…」
「ちなみに?」
「冬瓜を英語でいうとね…ウィンター メロン(winter melon)だって」
「ウィンター メロン!スイカはウォーターメロンっていうけど、冬瓜はそのままやな~」
「そうなんだよね。それでね、あんかけは、スターチ― ソース(starchy sauce)だから、冬瓜のえびあんかけは…
ウィンター メロン ウィズ シュリンプ フレイバード スターチ― ソース(winter melon with shrimp-flavored starchy sauce) って感じかな」
「スターチ―ソースって、とろみのあるって意味やんな。ウスターソースなら、日本にもあるけどな~。あ~!串カツ食べたくなってきた!」
「大阪に着くまでは、まだ時間がかかりますね~」
「大阪に着く前に、京都で不倫カップル降ろさなあかんしな」
彼女は小声でそう言うと、ニヤリと笑った。私は、彼女の言葉があのカップルに聞こえるのではないかと、内心ドキドキしていた。
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