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銀杏入り茶碗蒸しと、甘くないカスタード

「ああ、あれね。ボクも嫌いじゃないんですけど、子どもの頃は最後のひとくちが、苦手だったなぁ」

その日、なじみの居酒屋で日本酒を飲んでいた私と、隣席にいたメガネをかけた常連さんは、なぜか茶碗蒸しの話をしていた。この店では、茶碗蒸しを出していないのだけれど。

「ええ~?!茶碗蒸しって、子どもから大人まで、嫌いな人はいないと思ってました。なんで、最後のひとくちは苦手だったんですか?」

あんなに柔らかくて、やさしい味がするものを、なぜ苦手になるのだろう?不思議に思って、常連さんに聞いてみた。

「茶碗蒸しって、たいていは銀杏が入ってるでしょ。一番下に、1つか2つ、必ず沈んでる。あれが苦手だったんですよ、子どもの頃」

常連さんはそう言うと、メガネの鼻あてのところを右手の人差し指で押さえながら、眉間にシワを寄せた。よほど、おいしくない思いをしたのだろう。

「茶碗蒸しそのものは、卵とお出汁のやさしい味なのに、最後に銀杏が出てきた途端に、ものすごくオトナの味になる。後味がすんごく悪かったんです」

「ああ~。なるほどね。たしかに、子どもの頃は苦手ですよね、銀杏」

言いながら私は、手元の日本酒をひとくち、口に含んで、ゆっくりとのどに落した。日本酒も銀杏も、少し苦味を感じる。それが子どもの頃の常連さんには、とてもマズく感じられたのだろう。

「まぁ、でも、それ以外は柔らかくてなめらかで、プリンみたいですよね」

「そうそう。でも、欧米でプリンっていうと、プディング(pudding)なんですけど、日本のプリンっていうよりも、蒸したケーキみたいなものなんですって。フルーツとかが入ってることもあるみたいですよ」

「プリンが蒸したケーキ?!それじゃ、あのなめらかなプリンはなんて言うんですか?」

「日本でいうプリンは英語で カラメル カスタード(caramel custard)らしいです」

「え?カスタードって、カスタードクリームの、カスタードですよね?」

「そうみたいですよ。欧米では、卵と牛乳と砂糖なんかを混ぜて、焼いたり蒸したりしたものをカスタードっていうんですって。だから、甘いイメージがあるらしくて。

茶碗蒸しは甘くないから スチームド ノンスウィート エッグ カスタード(steamed non-sweet egg custard)っていうらしいですよ」

「茶碗蒸しがカスタードねぇ。なんだか、ピンときませんねぇ」

常連さんはそう言うと、再び、メガネの鼻あてのところを右手の人差し指で押さえながら、眉間にシワを寄せた。それは、茶碗蒸しの底に沈んでいた銀杏を思い出した時の表情と、同じだった。


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