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ジュンサイとオクラの三杯酢と、水の盾

「ジュンサイ、食べたことありますか?おいしいんですよ」

その日、私がなじみの居酒屋に行くと、隣席のメガネをかけた若い男性が話しかけてきた。

「あれ?そういえば、びんこはウチでジュンサイ食べたことないよね?」

「え?そうだったっけ?」

私は初めて会う人だったが、店主の話しぶりからすると、どうやらメガネさんは常連さんらしい。常連さんのいうことなら間違いないだろうと、私はジュンサイを注文することにした。ま、この店は何を食べてもおいしいんだけど。

「はいよ~。お待たせ」

店主の声とともに運ばれてきたのは「ジュンサイとオクラの三杯酢」である。その地味な(?)メニュー名とは裏腹に、一番上に乗っている赤いイクラがキラキラ輝いている。そのイクラの下に、薄い緑色のジュンサイと鮮やかな緑色のオクラが顔をのぞかせていた。

「おお~!メニュー名の印象より、だいぶゴージャスだね」

「いいだろ?和食は盛り付けも命だからね」

店主の声を聞きながら、ジュンサイを木製のスプーンですくって、パクリと口の中へ。トゥルントゥルンの食感が、なんとも涼しい感じがする。

「ん~!おいしい~!すすめてくれて、ありがとうございます」

私は隣席のメガネさんにお礼を言った。メガネさんは「いえいえ…」とテレたように笑うと、再び静かに日本酒を飲み始めた。

ジュンサイは、淡水の沼や池で育つ。特産地は秋田なのだが、何を隠そう、私のふるさとである山形県には「じゅんさい沼」という沼がある。小さい頃、両親と一緒に収穫を見に行ったことも、うっすらと覚えている。

「なんだか、久しぶりに食べたら、思い出したわ~」

ジュンサイというのは、スイレン科の水草の一種。その新芽を摘み取って水煮にしたものが、袋入りや瓶詰めで売られている。新芽の部分は、透明なゼリー状のもので覆われていて、それがトゥルントゥルンという独特の食感を生み出す。

「あ、そういえば…」

おそらく、こういうヌルっとした食感の食材は、和食ならではだろう。そう思って私は、早速、スマホでググってみた。案の定、ジュンサイはアジアを中心にアメリカやアフリカにも分布しているらしいが、食べるのは、日本と中国くらいらしい。で、驚いたのは、その英語名である。

ジュンサイ=ウォーター・シールド(Water Shield)

「ウォーター・シールド?!」

「ん?なにがウォーター・シールドだって?」

私が思わず声を上げたので、店主がいぶかしげに聞いた。ウォーター・シールドは、直訳すると「水の盾」である。

「ジュンサイって、ウォーター・シールドっていうんだって」

「へぇ~。水の盾か。なんか、かっこいいな」

「だよね~。たぶん、このトゥルントゥルンなヤツで覆われてるからじゃない?でもさ、ついでに調べたオクラもおもしろいよ」

「オクラは?英語でなんて言うんだ?」

オクラ=オークラ(okra)

「なんだよ。そのままじゃん!」

「そうなんだよ~!私も知らなかった~!」

隣席のメガネさんも、一緒になって笑った。ウォーター・シールドもオクラも、夏が旬の食材だ。サッパリした夏の食材には、スッキリした夏の酒。蒸し暑い日本の夏の夜がふけていく。

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