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ゴボウの醤油漬けと、競馬の共通点?

「なんだか、久しぶりじゃないですか?」

2週間ぶりになじみの居酒屋へ顔を出した私に、スタッフがそう言った。たしかに、私がこの居酒屋に通うようになってから、最低でも週に1回は来ているから、2週間も足を運ばなかったことは、今までなかったのだ。

「そうだねぇ。なんだか、とっても久しぶり。帰ってきたって感じ」

スタッフに注いでもらった日本酒を飲みながら、私はそう言って笑った。

思えば、この2週間は嵐のようだった。嵐といっても、台風でもゲリラ豪雨でも、ましてや男性アイドルグループでもなく、私の心の中の嵐である。心の中で嵐が吹き荒れていたせいで、ゆっくりとお酒を飲む気にもなれず、おいしいものものどを通らなかった。あんなに酒好きで、あんなにおいしいもの好きの私が、である。

「なんか、あったんですか?」スタッフが心配そうに聞いてくる。けれど私は、詳細を話すつもりはなかった。

「いや、別に。ちょっとした夏休み、みたいなもんかな」

この居酒屋に来た理由は、久しぶりに食べたい、と思ったものがあったからだ。

「はい、おまたせ。ゴボウの醤油漬け」

カウンター越しに店主が、薄い水色の和皿に入った漬物を出してくれた。そう、これが私の食べたかったおつまみ「ゴボウの醤油漬け」である。

「うん、たしかに。木の根っこに見えなくもないかな…」

独り言ちた私の言葉を、隣席の常連さんが聞き逃さなかった。

「木の根っこ?ゴボウが?」

「そうなんですよ。ゴボウを食べるのは、日本人だけらしくって。外国人から見ると、コレは木の根っこに見えるんですって」

「ええ~!おいしいのに、ゴボウ」

「そうですよねぇ。私も、大好きなんです」

そう言いながら私は、和皿に何本も入った細いゴボウの中から、箸で1本をつまみ、口へ運んだ。隣席の常連さんにも「どうぞ」とすすめる。常連さんは二ッと笑顔になると「ありがとう」と言って、ゴボウをつまんだ。

常連さんと並んで、ゴボウを噛む。コリコリというか、ゴリゴリというか。この歯ごたえと強い香りが、なんともいえず日本酒に合う。

「ゴボウって、英語ではバードック(burdock)っていうんですって。

ゴボウの醤油漬けなら バードック ピクルド イン ソイソース(burdock pickled in soy sauce)って感じかな」

「バードックかぁ。なんか、競馬に出てきそうだね」

「それは、バードックじゃなくて、パドックでしょ。レース前に、出走馬を観客に見せる場所のこと」

「あれ?びんこさん、競馬やるの?」

「競馬?ううん、全然。お馬さんとゴボウの共通点は、どっちも茶色ってことくらいですかね」

私はそう言うと、ゴボウをもう1本、箸でつまんでパクリと口へ入れた。コリコリ、ゴリゴリ…。

「いやいや。ゴボウと競馬の共通点は、もうひとつあるよ」

「もうひとつ?ゴボウとお馬さんに?」きょとんとしている私に、常連さんはこう答えた。

「そう。どちらもルーツが大事。競馬の馬はね、血統が大事なんだよ。ルーツが大事なの。ほら、ゴボウは根菜類だから、根っこだろ。根っこはルーツっていうじゃん」

「たしかに、根菜類は英語で ルーツ ベジタブルズ(roots vegetables)って言いますけど、それと競馬?!誰がここで大喜利やれって言ったんですか?!」

「まぁ、覚えやすいんだから、いいんじゃないの~。ゴボウは、パドック」

「パドックじゃなくて、バードックです!」

私と常連さんは、お互いの顔を見合わせてゲラゲラ笑った。笑いながら私は、久しぶりにこの店に来られてよかったと、笑い合える仲間がいるところに帰ってきてよかったと思った。


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