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くずし冷や奴と、青い玉ネギ

「店主~!今日は冷や奴お願いしま~す」

「はいよ~」

いつもの居酒屋に入るなり、私は冷や奴を注文した。「冷や奴なんて、家でも食べられるじゃないの!」と思うなかれ。この店の冷や奴は、醤油ではなく、ごま油と塩で食べるのだ。
豆腐の上に、ねぎやみょうがなどたっぷりの薬味がのっていることもあって、ごま油の香りとほどよい塩気で、醤油や出汁ではなくても十分においしい。

「ん~、暑い日はコレだよね~」

私も「冷や奴には醤油」というのが当たり前と思っていたのだが、塩とごま油で食べると、豆腐の味がとてもよくわかる。冷たい奴を口に運びつつ、夏の日本酒をちびちび。

「お~!夏の定番ですね」

隣席の常連さんが、私の注文した冷や奴を見て言った。外資系の会社に勤務するその常連さんは、年齢不詳の男性。かなりの食通で、家でも料理をすると聞いたことがある。

「ごま油と塩で食べるって、家ではなかなか思いつかないですよね。ボク、ここでこの食べ方覚えて、家でもやってます」

「おいしいですよねぇ。豆腐も、英語のスシ(sushi)やサシミ(sashimi)みたいにトーフ(tofu)で通じるようになりましたけど、冷や奴って、そのままで通じますかね?」

「冷や奴はコールド トーフ(cold tofu)かチルドトーフ(chilled tofu)で通じると思います。普通の冷や奴なら、かつお節とか長ネギ、ショウガなんかが乗ってて、醤油で食べますから…

チルド トーフ トップド ウィズ ドライド ボニート フレークス、スライド グリーン オニオン、グレイテッド ジンジャー、アンド ソイ ソース(chilled tofu topped with dried bonito flakes, sliced green onion, grated ginger, and soy sauce)

なんですけど、この店のはちょっと違いますよね」

日本で冷や奴といえば、かつお節や薬味が添えられるのが当たり前になっているが、英語には「冷や奴」にあたる言葉がないから、説明するしかないのだろう。

「この店の冷や奴は、ごま油と塩で食べるから…

チルド トーフ トップド ウィズ グリーン オニオン、セサミ オイル アンド ソルト(chilled tofu topped with sliced green onion, sesame oil and salt)で、合ってます?」

私は、手元の冷や奴の皿を指差して言った。ついでに、豆腐と薬味を箸ですくって、パクリと口の中へ。

「そうですね。ちなみに、日本では薬味に長ネギをよく使いますけど、日本の長ネギって、海外のものとはちょっと違うの、知ってます?」

「え?違うんですか?」

白い豆腐の上で、鮮やかな緑色の長ネギが踊っている。そのシャキシャキした歯ごたえを感じつつ、私は常連さんに聞き返した。

「ええ。海外では、長ネギのことをリーキとかリーク(leek)っていうんですけど、リーキは日本の長ネギよりもごっつい感じなんです。なんていうか、下仁田ネギみたいな」

「え~、そうなんですか?下仁田ネギと普通の長ネギじゃ、ずいぶんと違いますねぇ」

「そうでしょ?だから、生のリークをこんな風に細かく刻んで食べることがあまりないんですよ。それで、ボクがさっき言ったのが、グリーンオニオン(green onion)ってわけです」

「グリーンオニオンですね。なんか、オニオンって言われると、玉ネギのイメージですね。青い玉ネギ?なんか、おいしくなさそう!」

アタマの中に、緑色をした玉ネギを想像した私は、思わずつぶやいた。いつも見ている野菜が違う色になると思っただけで、こんなにもイメージが違うものなのだ。和食を英語で表現しようと思わなかったら、気づかなかったかもしれない。

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