伊集院静さんに「大人の流儀」という長期連載があった。その名の通り、大人の流儀、たしなみ、ふるまいを語ったエッセイだったが、あまりにダンディすぎて、自分のような下衆な一般大衆にはどこか別世界の話に思えるところも多かった。

　ならば、己の話は己で書こう。タイトルは「おじぼっちの流儀」。

　どうやら生涯ひとり者として生きていくらしい自分なりの流儀、生活の知恵、開き直り、そんなマイスタイルを綴っていきたい。
　今後どんどん増えていくであろう「ぼっち族」の羅針盤となれるよう……いや、そんな立派なもんじゃない。半径１メートルの自分の話だ。

　ランチとディナー逆転の幸福術。これを伝授しよう。
　外食を主とするビジネスマンやビジネスウーマンの場合、ありがちな定型はこんな感じだろう。

・昼食……ランチメニューや、ラーメン、そばなど、700円から1000円くらいのランチで済ませる。
・夕食……友人や同僚と、安い居酒屋やレストランで3000円から4000円くらいのディナーや、セットメニューの飲み会。

　これを逆転させるのである。これだけで幸福になれる。
　つまり、昼食に3000円くらいのランチを食べる。夕食は、800円くらいのラーメンや、そばを食べる。
　この転換によって、驚くほどのハッピーが得られる。本当だ。

　まず、3000円のランチを食べる幸せはわかるだろう。例えば高級な和食店が、昼間にこのくらいの価格のランチ懐石や、和の御膳などを食べさせてくれる。
　食材は前日の残りものだろうが、夜なら１万円から１万2000円くらいしそうな料理がリーズナブルに食べられるのだから、その程度は屁でもない。ありがたいばかりだ。

　御膳の価格が2500円なら、ビールの小サイズ（500円）を付けてみるのいい。昼間から、ほんの少しアルコールを飲む背徳感と幸福感のシナジー。
　大丈夫、小サイズなら仕事に影響なんか出ない。イタリアンやフレンチのコースランチなら、グラスワインをプラスするのもいい。

　さらに、夜の「そば屋、800円」の快適さを知っているだろうか。

　おいしいそば屋さんのランチタイムは、確実に混んでいる。相席しながら、せわしなく蕎麦を食べる。だから、そばのゆで方も雑だったりする。
　しかし、夜のそば屋さんは空いている。本当だ。混んでいる店もあるだろうが、ランチタイムと比べたらはるかにゆったりとくつろげる。

　空いているから店のサービスもいい。蕎麦のゆで加減が昼間のように雑じゃないし、おばちゃんの愛想も良くなり「はい、いなり寿司。今日は余ってるからサービス」なんてこともよくある。

　昼食に800円のランチ、夕食に居酒屋で3000円。
　昼食に3000円の贅沢ランチ、夕食に800円の蕎麦。
　この違いをぜひ実感して欲しい。

　そりゃ「ランチに3000円も使えないよ！」という意見もあるだろう。もちろん、毎日じゃなくていい。夜に居酒屋で3000円使う代わりなのだから、頻度は同じくらいで構わない。そもそも、夜なら3000円は普通だけど昼に3000円は贅沢すぎるという感覚は、なんなのか。
　安い居酒屋でポテトや唐揚げや冷やしトマトを食わされるのと、手の込んだ豪勢なランチ懐石を食うのが同じ値段だなんて、今まで自分は何をやっていたんだろうと、新しい幸せに気付くはずだ。

　ただし、このランチとディナーの逆転術には、副作用もある。いや、副産物かな。
　3000円のランチを食べるには、同僚の誘いを断り、ひとり飯を選ぶことになる。夜の食事を800円コースにするのも、飲み会の誘いをきっぱりと断る必要がある。
　ひとりで歩かなければならない。食の自立である。孤独のグルメ、松重豊の五郎さんも応援してくれるだろう。

　これもやってみると、なんてことはない。あいつは付き合いが悪いだの、ひとりで豪勢な飯を食ってるらしいだの、ひややかな声が聞こえてくるかもしれないが、本当にどうでもいい。
　なぜ今までランチを会社の同僚と一緒に食べていたのか。毎日のように仕事で顔を突き合わせている相手と、なぜせっかくのランチタイムまで一緒にいなければならないのか。
　昼飯くらい、好きなように食えばいい。ひとりで自由に食う人権がある。激混みのラーメン屋と違って、3000円のランチの店はあなたがひとりでも、ていねいにもてなしてくれる。そっちのほうが大事だ。

　では、実際にちょっと贅沢なランチだと、どんな料理を食べられるのか。最近食べた一例を紹介。

　以下は、東京・神楽坂の和食「Ｓ」のランチ。夜だと１万円から１万5000円くらいのコースが中心のお店だけど、お昼は3300円と5000円のコース。

　評判の一品が、上の「胡麻豆腐の炭火焼き」。
　出てきただけでゴマの香りがほわーっと広がり、食べてみると、とろとろのお餅みたいな食感。スイーツに近い。これは美味。

　上は竹籠の盛り込み。料理の品数が多い。
　この日は、ワカサギの天ぷら、穴子と三つ葉の細巻き寿司、鰆の西京焼き、タケノコの酢味噌和え、ふきと、ふきのとうの揚げ浸し、菜の花の辛子和え、赤こんにゃくの土佐煮、牡蠣の何とか、ごぼう、空豆、カリフラワー、蓮根、山芋のとろろ、などなど。

　あとは、ちりめん山椒のご飯、あおさ？の味噌汁、甘味など。

　夜のコースだと、一品ずつ出てきて、変に間が開いてしまったりもするけど、お昼はどこの店もたいてい、まとめてドーンと出てくるから、好きなように食べればいい。

　週に１度くらい、こんな感じの贅沢ランチで気分をアゲて、午後の仕事も頑張ろう。お金のことなんか気にするな。夜の居酒屋の飲み会を１回パスすればいいだけだ！