読書の秋なので冒頭が好きな小説を7つ選んでみた
以前、妻と息子の3人で「子育て講座」に行ってきた。
子どもにとっての家庭内での危険の話や、絵本の読み聞かせ、歯磨きのはじめ方、離乳食についての話を聞いてきたのだけれど、それらが終わった後に、「ママ友を作ろう!フリータイム」なる雑談会が始まり、我々コミュ障夫婦に戦慄が走るなどした。
「どうして近くに住んでいて、同じ頃合いに出産を経験したというだけで、コミュニケーションを強要されねばならぬのか」と妻はいった。
たしかにそれはそうだとぼくも思うけれど、そういうことを言い出したらすべての交友関係も否定し兼ねない。学校など、その最たるものだった。
で、奥歯をガタガタ鳴らしながら緊張している我々を助けてくれたのが、息子だった。
息子は愛想が良い。
誰にでもあどけない笑顔を振りまき、外出時は泣かない。
このコミュ力はいったい誰譲りなのか……と訝しがりながら、家に帰ってきた。
それはさておき、秋といえば読書。
秋にやってみたいことランキング上位を締めるだろう読書。
いっちょここらでホットな読書でもしてやろうと、教養を暴力的に振りかざしたいお友達も多いのではないかと察しております。
というわけで、今日は「冒頭がイカした小説」のお話です。
本をそんなに読まない友人とかに、
「その本を読み切るかどうか何を基準に選ぶの?」
と聞いてみたら、だいたいの人が冒頭を読んでのインスピレーションと答えていました。ぼく自身、手に取った本は根性で読み切るのですが、その中でも印象に強く残っている小説たちをランキング形式で紹介します。
第7位 「大惨事」ジギズムント・クルジジャノフスキィ
たくさんたくさんの用のない、しかも互いに似通ったところのない物があるんだ。石−釘−柩−魂−思考−机−書物が、誰かによって、何かの目的で、とある場所に寄せ集められてる。それを世界というんだ。
「無名であることで有名」とされるクルジジャノフスキィ。やわらかいことばに見えて、ある情景を写し取るような描写はなされず、ことばによって風景が切り開かれていくような激しさを感じます。読みながら、頭の普段使わないところをゴリゴリ刺激されるような感覚があります。
第6位 響きと怒り(ウィリアム・フォークナー)
くるくる巻いた花たちのすきまから、柵のむこうで人たちが打っているのをボクは見ることができた。その人たちは旗があるところへやってきていて、ボクは柵にそって歩いた。ラスターが花の木のそばで草むらの中を探していた。その人たちは旗を抜いて、打っていた。それから旗を戻し、テーブルに行って、一人が打ち、もう一人が打った。それから歩いていき、ボクは柵にそって歩いた。ラスターが花の木からやってきて、ボクたちは柵にそって歩き、その人たちは止まり、ぼくたちもまた止まり、ボクが柵のむこうを見ていると、ラスターは草むらの中を探していた。
稚拙なことばで、しかも目的語が欠け、同じことをぐるぐると書いているように思えるこの文章は、白痴の男のひとり語りです。フォークナーの傑作にして「大失敗作」とも評される「響きと怒り」は、章をまたぐごとに変わる語り手の目に映る独特な世界を作り上げています。極度に主観的に語られるからこその、世界の歪みがたまらなく狂おしい一作です。
第5位 俺、ツインテールになります。(水沢夢)
ツインテールが好きだ。
世界が美しいのは、ツインテールがあるからだと、物心ついた時からずっと思ってきた。
俺にとっての太陽は、空に輝いている丸いのじゃなく、視界に映る髪型なのだから。
それが、俺の全てと言えば大袈裟だが……いや、大袈裟じゃない。
とにかく、他の何物にも変えられないくらい、ツインテールが好きなんだ。
ツインテールを心から愛する少年が、ツインテール美少女となって悪と戦う。そんな設定の人気ライトノベル。いろいろ小説を読んでいると、こういうどストレートな冒頭というのは逆に新鮮で、こんな風に好きなものを好きと、第一文から書けてしまうというのは、なかなか稀有な才能だと思っています。
第4位 未明の闘争(保坂和志)
ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。
これまた「響きと怒り」に続いて、文法なんてそっちのけの奇妙な冒頭。現代日本文学で特に「小説を書く」ということに関して積極的に言及している作家・保坂和志の大作です。この作家は物語らしい物語を書くことはほとんどなく、状況とその場における思考の流れを徹底して記述し、それが文法をも食い破る勢いを見せます。この本じゃなければ絶対に出会えないことばとの出会いを予感させてくれる冒頭です。
第3位 本屋大将(木下古栗)
次々に平らに吸い込まれていくエスカレーターの段々の、最上部に達した五段ほどを一気に飛び越えて、一人の男がハツラツと六回のフロアに降り立ったのだった。
「さあて、いっちょホットな立ち読みをしようぜ」
ぼくが執拗なまでにオススメしている木下古栗の短編(「いい女vs.いい女」収録)。これに関しては、何も語る必要はないかと思います。ちなみにむかし、木下古栗論的なものを書きました。
第2位 ガラテイア2.2(リチャード・パワーズ)
言ってみればこんな話だが、本当はそうじゃない。
「人工知能に文学修士号を取らせる」といった本作は、ディープラーニングが流行している今よりも20年以上前に書かれたということが驚き。パワーズのなかでは、正直不完全燃焼感がある作品だけれども、それでもぼくの人生にとってはすごく大きな一冊です。
第1位 スチール・ビーチ(ジョン・ヴァーリィ)
「あと五年以内にペニスは時代遅れになります」と営業マンはいった。
1位は絶版になったヴァーリィの名作SF「スチール・ビーチ」。気分次第で性転換ができ、ほぼ不老不死に近い世界が実現された月社会が舞台。そんな中、社会を管理するCC(セントラルコンピューター)がうつ病になってしまうという物語。これも「ガラテイア2.2」と同様、20年以上前に書かれたということが信じられないような、恐ろしい想像力に圧倒されます。
まとめ
いつも好みが偏っていて、しかも別の記事で言及した作品が多く恐れ入りますが、やっぱり好きな小説というのは冒頭で強く惹かれます。
ほかにもネットで検索すれば一文目や冒頭のまとめをしている人がちらほらいるので、そちらもぜひ選書の参考にしてみてください。
ではでは、充実した読書の秋を!
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