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私は社会人としてまともな物書きになれたのか?

高3当時、私はすでに、どんな遠回りをしても最後には絶対に物書きになると決めていた。
進路報告書に宛名を書きながら、「先生、私もしかしたら就職しないけど、これどうすればいい?」と担任に訊いた。
彼は、「そのときは何も書かなくていいからとりあえず出せ。おまえは生きてさえいりゃいいよ」と言った。

 ついさきほど、持ち前の性格の悪さを発揮して友人のブログの一番古い記事を読んだ。

 ぼくがいま仕事をしているWEBメディアという業界のなかに、実のところ友だちはほとんどいない。生湯葉シホさんはその数少ない友人のひとりで、いまよりもはるかにだれにも知られていない、偏屈な書評をひとり黙々と書いていた時代からブログをこっそり読んでいてくれた的なひとだった(気がする)。今年一度だけ一緒にお酒を飲んだ。ぼくの泊まっていた御徒町まで一緒に電車に乗った。

 彼女がいまから約3年前にnoteに最初に投稿した記事は「会社を辞める話」で、こんな感じで一言でいってしまうと今の時代によくある「退職エントリー」みたいだ。実際に退職する話ではあるのだけれど、そこに書かれていることはただ「文章を書きたい」という感情で、「文章を書く人生」を選ぼうとしている若者の姿で、「文章それ自体の価値を信じたい」という願いだった。
 ぼく自身、それこそ彼女にもちょくちょく話すのだけれど、「文章は魂だ!」という考え方は好きじゃない。正確には嫌いだ。滅びろっておもう。だけれども、それがないとは思わない。大事なのはその「魂」なるものが吹き込まれたり宿ったりするための準備をすることで、技術とはそのためにこそある。言葉に何ができるのか、言葉がどのような文脈のなかで生を帯びるのか、そういう抽象論や精神論をぐるぐる考えても仕方がないけれど、しかしそれは常に頭の片隅にはずっとある。徹底した技術の結晶として、そこに「魂」なるものが宿るのをずっとまつ。そのために技術のことを、言葉に何ができるのかを絶えず考えなくちゃならない。ぼくは物書きとして生きることを決めてからずっとそう思っている。そう思うことにしている。ただ、ほんとうに素晴らしいものは「魂」とか「熱量」としか言いようがないのかもしれないのだけれど、もしそんなことをバカみたいに公言してしまったら、その感慨に向かって込められたすべての技術と試行錯誤の否定になる。だからぼくは「魂」なんて言葉を可能な限り使いたくない。下手でもいい、才能なんかなくてもいい、「魂」さえあればいいんだ!と吹聴するような物書きを、ぼくは絶対に許さない。話が逸れた。

 3年前の記事のなかで、生湯葉さんは発信する文章を非常に軽く扱われたことにショックを受けたことを告白している。彼女が書くものはあくまでも営業ツールであり、読んだひとが何を思い、何を考えるかという情緒は重視されず、文章はPVやコンバージョンといった数値によって価値づけがされる。
 このことについて、実は今年の初夏に生湯葉さんと会ったとき、これとまったく同じ悩みを彼女に話していた。ブログとかでもちょくちょく話題にはしているのだけれど、検索ボリュームやSNSのトレンドからネタを絞り込み、PVやら収益やらの明確な指標が文章に導入されたことにより、ぼくは極論をいえば「文章とはかくあるべき」みたいな圧力がWEBメディアでは強くなっているように感じていた。企業には企業の目的があって、WEBライターはそれを実現するために起用され、対価として原稿料をもらう。頼まれた内容の文章を頼まれたように書くのは決して難しくなくむしろ簡単で、だけれども仕事をすればするほど無意味を感じた。
 明確な指標があってそれを最大化しようとすると、それは勝手に自己組織化してしまうのは自然科学では当たり前の話だ。しかし、その構造に対して無批判に文章を書き続けることには嫌悪感があった。ぼくじゃなくていい、とかそういう次元をはるかに超えて「そんなのもう人間が書かなくていいじゃん」って素直に思えた。もし自然言語処理技術がバチバチに発達して、機械学習とかなんとかすごいいい感じあーだこーだできた未来には、WEBライターは確実に消える職業だろうなとおもった。それはじぶんの人生の全否定に近い。一般性があるってことは誰でもできるってことだから。

 書きたいことなんて無数にある。発行部数が1万部に届かない名作の書評はもちろん、小説も、自然科学の解説も、ふざけた下ネタ記事だって書きたい。しかしそれらのほとんどはお金をたくさんは作ってくれない。どこのメディアでも「ネタがニッチすぎる、マニアックすぎる」といわれ続けていて、そういうものはもう趣味と割り切ってじぶんのブログでやるほかなかった。ただそれじゃとても暮らせなかった。退職して一年で貯金は一気に無くなってしまったし、たまにもらえた仕事だってきちんとPVという成果を出さなければ次の仕事をもらえない。実際に好きなことを書くことを辞めれば数字はついてきた。それが虚しかった。
 そういう物書きになろうとしていたのか? そうすることで社会人として納めなければならないお金はじゅうぶん稼ぐことができたけれども、収入額に比例してじぶんの存在価値が小さくなる感覚がたしかにあった。

 最近はありがたいことに好きなことについてかける機会が増えてきたけれど、やっぱりぼくはキャリア初期のことがずっと頭から離れない。恐ろしく低い文字単価で肉体労働みたいにゴリゴリゴリゴリ文章を書いていた時期はほんとうにつらかった。月末になると諸々の引き落としのためにお金が心配になって毎月胃が痛んだし、なによりもその仕事をぼくがやる必要がまったくないことが虚しかった。でもアメリカの大統領だって代わりはいるんだから、この世の仕事のほとんどにおいて「代わりのない仕事」はない。
 でも、それは物事を粗視化したときの見かけの話であって、個人の生活レベルの細かい解像度の世界では「替えの効かなさ」が大切で、文章はそうした小規模な世界のなかにある営みだ。生湯葉さんのむかしの文章を読んでそんなことを思った。

 先日、「たべるのがおそい」に短編小説を掲載してもらい、編集長の西崎憲さんと京都で会った。そのとき西崎さんは、
「大滝さんはちゃんと替えの効かない文章を書いてますよ」
 といってくださった。そういう仕事をひとつでも増やして、まともな物書きになりたい。

 あした、32歳になる。

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